弱い男 6/21(水) 20:53:28 No.20060621205328
結局その日は、情け無い事に仕事にも行けずに寝込んでしまいましたが、夜になってチャイムが鳴り、玄関を開けると妻が立っていました。
「何処に行っていた!」
「勝手をしてごめんなさい。独りで考えたくて」
「何処に泊まった!」
「ホテルに」
「近藤と泊まったのか?」
「違います」
気が付くと、初めて妻に手を上げてしまっていました。
妻の頬は見る見る赤くなり、自分でやっておきながら私自身可也のショックを受けてしまい、暴力を振るった情けない自分を誤魔化す為に、声は大きくなってしまいます。
「美雪の言う事は、もう何も信用出来ない。この間の旅行は誰と何処に行ったのか言ってみろ!」
「ごめんなさい。言えませんでした。いつか知られると思っていても、知られれば離婚されると思うと言えませんでした」
妻は友達に口止めをしていませんでした。
おそらく、自分がその様な裏切り行為をしているとは、親友にも言えなかったのでしょう。
しかしそれでは、いくら私が今まで彼女達に直接連絡を取る事はなかったと言っても、ばれる可能性は有ります。
そう考えると、妻はその様な危険を犯してまで、彼と旅行に行きたかった事になります。
もっと悪く考えると、ばれたらばれたで良いと思って行った可能性もあるのです。
「離婚だ!」
私は妻を突き飛ばすと、勢いよくドアを閉めました。
妻はずっとドアの向こうで泣いていましたが、暫らくして泣き声が聞こえなくなったので様子を見てみると、着替えの入った大き目のバッグだけが残されていて、妻の姿は何処にもありません。
私は離れていく妻が心配ですぐにでも探し回りたいのですが、惨めになっていく自分が嫌でそれも出来ずに、強がって自分を誤魔化しながら朝を迎えました。
幸いこの日は土曜だった為に仕事は休みだったのですが、仮に平日だったとしても仕事が出切る状態ではありません。
それどころか何もする気力が無く、息をしている事さえ辛いのです。
「美雪さんに頼まれて来ました」
昼過ぎにやって来た近藤は、勝ち誇ったように笑みまで浮かべています。
「美雪はお前の所に泊まったのか?」
「はい。ただ誤解しないで下さい。私は暴力に脅える美雪さんを匿っているだけで、何もしていません。不貞行為は一切していません」
「その前に2人で旅行にまで行っていて、今更何を言っている」
「確かに旅行に行きましたが、ホテルの部屋は2部屋とりました。一緒に食事もしましたがそれはホテルのレストランで、夜は別々の部屋で寝ました。逆にお聞きしたいのですが、そこまで美雪さんを信用出来ないのですか?」
近藤は自分の行為を棚に上げ、夫婦の信頼関係の無さを責めてきます。
「俺も少しは勉強した。男女が2人だけで密室に数時間いれば、不貞行為とみなされても仕方が無いらしいな」
しかし近藤は、お互いの部屋には一歩も入っていないと言って認めません。
「友達なので一緒に旅行に行った。しかし同姓ではないので部屋は別にとった。
それのどこが不貞行為です?別々に部屋を取った事はホテルに確かめてもらえば分かるし、同じ部屋に居たと言うなら、写真家何か証拠が要ります。第一私達はそのような行為はしていないので、訴えると言うのなら受けて立ちます。今回も私は、ご主人のDVから美雪さんを保護しているだけですから、慰謝料など発生するはずは有りません。それにしても女性に暴力を振るうなんて、最低な男ですね」
更に近藤は、今回妻が泊まった事で仮に不貞行為と見られたとしても、暴力まで振るっていたので既に夫婦は破綻していたと見るのが相当で、請求されても支払う義務は無いと付け加えました。
「今回のはDVなんかじゃない。常習的に暴力を振るっていた訳では無い」
「すぐに暴力を振るう男は、みんなそう言いますよ。これは立派な離婚事由だし、当然慰謝料の対象にもなる」
前回会った時もそうでしたが、私から慰謝料の話など一切していないのに、近藤は異様に気にしているように感じました。
それどころか、今回は私から妻に慰謝料まで払わせようとしています。
何故か近藤は絶えずお金に拘っているように感じましたが、今の私はそれどころでは有りません。
「美雪はどうしている?」
「朝まで眠れなかったので、今頃は疲れて眠っていると思います。ああ、誤解しないで下さい。変な意味では有りませんから」
近藤はわざと意味有り気な言い方をして、更に私を揺さ振ってきます。
「今すぐ美雪に帰って来るように言え」
「それは出来ません。美雪さんは暴力に脅えているので、暫らく私が預かります。それが駄目なら、警察に保護をお願いするしかありません。今回お邪魔したのは、これを頼まれただけですから」
近藤に手渡された物は、すでに妻の欄には署名されている離婚届でした。
「何だ、これは!」
「離婚届です」
「そんな事は分かっている」
「いい加減に美雪さんを解放してあげたら如何ですか?いくら未練があっても、片方の気持ちが離れたら夫婦は終わりです。昨日の夜叩き出されたばかりなのに、もう離婚届を持っている事に疑問を感じませんか?そうです。美雪さんはもっと前から、ご主人と別れたくて準備していたのです。私との事が離婚原因ではなくて、以前から離婚を考えていたのです」
私はこの様な時にも面子を気にしてしまい、妻を返してくれとは言えずにそのまま近藤を帰してしまいました。
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