[1229] ハイト・アシュベリー 1 投稿者:対 投稿日:2004/05/13(Thu) 01:03
由紀の様子が一変したのは、17年目の結婚記念日だった。
娘が海外留学となり、2人きりで過ごす結婚記念日は初めてであった。
「あなた、まだこんなものを・・・」
由紀が差し出したのは、18年前の京子からの手紙であった。
秀一自身も忘れていたものだった。
「結婚して何年経つと思っているの。それをいまだに後生大事にもっていて。私はずっとあなたに裏切られた訳ですか」
「俺も忘れてたよ。他の手紙と一緒に余った靴箱に仕舞い込んで忘れてたんだ」
「よりによって京子の手紙を持っていることはないでしょう」
「おまえが怒るのも無理はないが、本当に忘れていただけで、大事に持っていた訳じゃない」
秀一と由紀には苦い思い出があった。
由紀にプロポーズをする前後、2人の間はぎこちない時期があった。
秀一は京子と様々な相談をしているうちに関係を持ってしまった。
後になって由紀に全てを告白し、紆余曲折はあったものの2人は結婚をした。
由紀が身ごもったからだった。
京子と由紀の友人関係は断絶した。
「私は忘れないわよ。あなたがどんな言い訳をしようとも、私を裏切ったことは絶対に忘れないわ」
「あの時のことは済まないと思っているし、結婚していままでおまえを傷つけるようなことはしてないよ。手紙のことは俺自身もすっかり忘れてたよ。別に他意はない」
「ええ、そう思っているわ。でも許せないの。どうしても許せないの・・・」
その晩は、会話もなくなってしまった。
翌日からの由紀は、いつもどりの妻に戻っていた。
過去に犯した過ちについて秀一は、本当に反省していた。だから結婚して以降は由紀を傷つけるような行動はしていなかった。
ささいな言い合いはあったものの、いつも秀一が折れていた。その度に
「おまえが俺と一緒になってくれたことを感謝しているよ。すまなかった」
といって優しく抱きしめていた。
由紀も秀一の優しい気性が好きであった。それに甘えることなく妻としての勤めは果たしてきた。
数日後、
「あなた、お話があります」
由紀は硬い表情であった。
「あなたと京子が私をだました半年がどうしても許せません。いままで、何度かそれを許そうかと考えてきましたが、どうしても気持ちがおさまりません」
「俺はどうすればいい。随分昔のことだが、何度も何度も謝ってきたし、これ以上なにもできない」
戸惑う秀一に
「私と同じ気分を味わってください。あなたが私を騙した同じ期間、いえその倍の期間です。どうしてもあなたに味わってもらいたいの。この苦しみを・・・来年の結婚記念日まで」
「どうするつもりだ。浮気でもするのか?」
「はい、どうしたらいいのかわかりませんが、浮気します。あなたがどんなに怒っても離婚はしません。絶対にしません。あなたにも味わってもらいます」
「今まで随分謝ってきたが、それでも気がすまないのか?」
「はい」
秀一はしばらく黙り込んだが
「どうしてもそうしたいのなら好きにしてくれ。ただ、俺にわからないようにしてくれ。さすがにこの年で女房に浮気されるのは堪える。それと期間は守ってくれ」
由紀は「はい」とだけ答えた。
秀一43歳、由紀40歳の冬であった。
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