[2443] 再婚男の独白<4> 投稿者:風倫 投稿日:2003/11/10(Mon) 23:26
電話の向こうの男が妻を寝取った相手かもしれない。それなのに私は、何とも間の抜けた返事をしていました。
「ああ…どうも、いつも妻がお世話になっております」
「いえ、こちらこそ」
年齢は私より五歳ほど下だと聞いていましたが、北村の声は落ち着き払っています。妻の結婚を聞いて泣いたという純情なイメージとは、およそかけ離れた印象です。いずれにしても、間男の卑屈さなど微塵もない自信にあふれた口調に、
(やはり思い過ごしだったか)
と思った矢先でした。
「ご主人は気づいておられるかもしれませんが、私、○○(妻の名)のおま×こをいただきました」
あまりにも自然な物言いに、何かの聞き違いかと耳を疑ったほどです。
「………………」
絶句する私に構わず、北村は淡々と続けます。
「最初に結ばれたのは、北海道でした。初日に関係ができてから毎晩、ホテルのベットで私たちは朝まで愛し合いました。ずっと憧れていた女ですから、夢のようでしたね。何度抱いたか、覚えていないほどですよ。ふふふ」
血を吐くような思いで妄想していた場面を、こうもあっさり、しかも相手の男の口から肯定されるとは…。足元の床が抜けて、果てしない闇の底へ落下していくようでした。
「ご主人、随分しつこく携帯にかけていましたね。とても電話に出られる状態じゃなかったんですよ、彼女は。そうそう、最後の晩だけ電話つながったでしょう。私が出るように命じたんですよ、あなたが気の毒でね。もっとも、受け答えはどこか変だったんじゃないかな? 無理もない。私にまたがったままだったんですから」
語られる情景の一つ一つが、残酷にもそれが事実であることを裏づけていました。さらに、
(たとえ北海道で何かがあったとしても、それはもう過ぎたことに違いない)
という私の甘い希望は、続く言葉によって一蹴されました。
「現在も、我々の関係は続いています。最近では、すっかり私好みの女になりました」
浮気が発覚するとき…私は彼らに有無を言わせぬ証拠を突きつけるはずでした。泣いて詫びる妻。土下座をする男。私の筋書きでは、そうでなくてはいけなかったのです。
(なのに、何を言っているんだ、この野郎は?)
私の思考回路は激しく混乱しました。すると、電話の声はそれに応えるように告げました。
「今日、連絡を差し上げたのは、二人の関係を認めていただこうと思ったからです。つまり、私はこれからも○○とセックスを続けていくと」
北村の意図がようやく理解できました。同時に私も声を発する余裕を取り戻しました。
「てめえ、何をほざいてるんだ。そんなこと許すと思ってんのか!」
高校時代まで空手をやっていた私は、腕っぷしには自信があります。寝取られ亭主を舐めてかかり、愚かな申し出をしてきたことを後悔させてやる。胸中に紅蓮の炎が燃え上がりました。しかし、次の一言はそれを一瞬にして鎮火させました。
「勇ましいですね。だが、私の手元には記念に撮ったいろいろな写真やビデオがある。女性タレントにとって、この手の物を公開されることがどういう意味を持つか。あなたも業界に身を置いている以上、おわかりでしょう?」
モデルとして最盛期を過ぎた妻は、タレントへの転身に賭けていました。つい先日、ある番組のレギュラーが決まりそうだと顔を輝かせていたばかりです。それを…。
それでも、この時点では(何か打つ手があるのではないか)と模索するだけの平常心が、かろうじて残っていたように思います。
「………………」
しかし、再び言葉を失った私に、北村は狙いすましたとどめの一矢を放ちました。
「そして彼女は、あなたのもとを去るでしょうね。間違いなく」
今後こそ、私の理性は跡形もなく粉砕しました。
彼女を得るために、私は前妻と離婚しました。購入したばかりのマンションは慰謝料として与え、養育費も月々送金しています。二度と会えない二人の子供のために…。田舎の母とも絶縁状態になりました。彼女を失ったとしたら、私には何も残らないのです。
「………………」
「わかっていただけたようですね。では、そういうことで。あ、それから、奥さんには何も言わないほうがいいと思いますよ。誇り高い彼女は、あなたに知られたというだけで離婚を切り出すかもしれませんから。それでは」
電話は一方的に切られました。受話器を握りしめたまま、私は腑抜けたように立ちつくしていました。妻との離婚。それは私にとって、あらゆる行動を封じる禁断の一言でした。
どれだけの時間が経ったのでしょう。玄関のドアを開く音がしました。妻が帰ってきたのです。
主人公もグジグジしてなさそうで良い。
たのむぜ。辛さの後は倍返しで復讐してくれよ。
Mっ気のマンネリはもうたくさんだから。