[2349] 隣の芝生 1 投稿者:石井 投稿日:2005/10/31(Mon) 20:44
私達夫婦は家を探していました。
その時住んでいたのは、結婚して1年後に親に少し援助してもらって買ったマンションなのです
が、やはり老後は土の上で暮らしたかったのと、子供が大きくなって、狭くなってしまった事が
主な理由です。
郊外にある10年ほど前に出来た大規模な住宅地が、最近造成工事をして頻繁にチラシを入れて
来ていたので、妻とピクニック気分で見に行きました。
既に何軒か建ち始めていましたがどの家も日当たりが良く、説明を聞くと朝の通勤時間は、中心
部まで高速バスが10分おきに出ているとの事です。
条件は凄く良くて、残るはお金の問題だけでした。
「マンションも安くなってしまったしローンも残っているけど、それでもある程度残るから、新
しくローンを組んでもそう高額には成らないと思うから大丈夫よ。沙絵も中学生に成るから私も
パートに出られるし」
妻は以前から働きたがっていたのですが、私は家にいて欲しかったので、子供が小学生の内は専
業主婦でいる約束をしていたのです。
妻はここでの新しい生活を夢見て、舞い上がっているようでした。
妻は口に出しませんが、セックスの事も家を持ちたい理由の1つだと思います。
セックスの良さを覚え出した妻は、日に日に積極的に成ってきていました。
しかしそれと反比例して子供は大きく成るので、妻は出したい声も抑えているようなのです。
「あなたこれを見て」
仮にここで家を建てたとすると通勤はバスになるのですが、一応駅も見ておこうと車を走らせ、
駅前のロータリーに車を止めて外に出ると、妻が小さな不動産屋の張り紙に目を止めました。
「あなた方は運が良い。この物件は昨日委託された物です」
対応してくれたのは年配の方で、どうも一人でやっているようです。
「築5年でこの価格は絶対にありません」
これならローンを組まなくても、マンションを売った残りに少し足せば、私にも充分買える破格
の安さです。
しかし誰にでも売ると言う訳ではなくて、その物件の所有者が色々条件を付けていました。
所有者は名を片山正一と言い、68歳でこの不動産屋さんの幼馴染みだそうです。
昔はこの駅前で魚屋を営んでいたのですが、持っていた山が住宅地になった事で大金が転がり込
み、今では住宅地の真ん中でスーパーを経営している社長です。
「真面目で大人しい夫婦。奥様がスーパーにパートとして勤める事ができて年齢は40歳まで?
これは何ですか?まるで求人広告みたいですね」
話によると片岡は売りに出した物件の隣に住んでいて、隣に変な人が住んで、暮らしにくくなる
事を嫌っているとの事です。
「いつも自分で会ってからでないと決めないので、一度物件を見ながら会ってみますか?片山は
昔から、優しくて気の良い男ですよ」
「いつもと言いますと?」
「ええ、あの家はこの間引っ越された方で3家族目です。」
「5年で3家族も引っ越されてみえるのですか?」
「訳は分かりませんが、最近は他でも結構おみえになるのですよ。会社が潰れたとかリストラに
あったとかで、ローンが途中で払えなくなって」
それにしても、5年で3家族は多いと思いましたが価格ばかりが気になって、この時はその事を
さほど気にもしませんでした。
その家はこの住宅地の入り口一番右奥に有って、手前に片山の家が有ります。
「裏の倉庫の様な建物は?」
「あれは片山の倉庫兼車庫です」
ここは住宅地の端なので前や東側には家は無く、西に敷地の広い片山の家が有り、裏には大きな
倉庫があっては、まるで他の住宅と隔離されているみたいです。
その時私達の前に国産の高級車が止まり、中から初老の紳士が降りて来ました。
「片山です」
「初めまして。私は石井浩次と申します」
「妻の真美です。宜しくお願いいたします」
髪も黒く染めて、きちんとスーツを着こなしていたので、とても68歳には見えませんでしたが、
近くに来ると顔のシワも深く、握手を求めて差し出された手の甲もシワだらけで、流石に歳を感
じさせます。
目が少し垂れ気味で、聞いていたとおりの優しいお爺さんという印象を受けたのですが、私と握
手をしている時も、目は横に立っている妻を見ていました。