七塚 10/1(日) 21:47:36 No.20061001214736 削除
秋の日だった。
通山の大通りから少し外れた雑居ビルの二階にそのバーはあった。初めて入ったそのバーのカウンターで横村時雄が飲んでいると、ふと横からホステスの視線を感じた。
年のころは三十半ばくらいか。細面の顔、大きすぎるくらいの瞳が時雄の顔を見つめていた。
見間違えるはずもない。
「千鶴・・・・」
思わず呟いていた。
別れた妻、千鶴がそこにいた。
実に七年ぶりの再会だった。
「こうしていても、何から話していいか分からないが・・・まず言おう。今夜は久々に会えて嬉しかった」
「そう言ってもらえると、ほっとします」
時雄の言葉に、千鶴は顔をうつむきがちにしたまま小さく答えた。
その言葉の意味は、時雄にはもちろん分かる。
「・・・昔のことは忘れよう。さっきも言ったとおり、今夜は久々に君と会えて嬉しかったんだ。出来れば別れるときも、楽しい気持ちで別れたい」
すっと顔を上げて、千鶴は時雄を見つめた。昔と変わらず、いや昔よりもさらにほっそりと痩せている。
(少しやつれたか・・・)
時雄は思う。千鶴は時雄の心を読んだかのように、恥ずかしげにまた瞳を伏せた。
「だいぶ年をとったでしょう。恥ずかしい」
「お互い様だ。老け方なら僕のほうがひどい」
「あなたは昔と変わらない。いえ、昔よりも活き活きとして見えるわ。きっと充実した生活を送っていらっしゃるのね」
千鶴の言う「昔」が、二人が夫婦だった頃を指しているように聞こえ、時雄はとっさに何も言葉を返せなかった。
「今日は本当に驚いたわ。まさかこんなところで再会するなんて」
千鶴は相変わらず酒が強くなく、少し飲んだだけでほんのり赤くなっている。
「僕のほうこそ。まさか」
君がホステスをやっているなんて―――と言いかけて、時雄は黙った。少なくとも時雄の知っている千鶴は、およそ水商売とは生涯縁のなさそうな女だった。
千鶴はすべて察したように、
「いろいろあったんです」
と言った。
それは、そうなのだろう。でなければ、三十も半ばを過ぎた女が、こんな裏ぶれたバーでホステスなどやっているわけはない。
「ひとつ聞いていいかな?」
「どうぞ」
「君は再婚しているのか?」
少しのためらいの後、千鶴はうなずいた。
「・・・そうか。相手はやっぱり木崎なのか?」
昔のことは忘れよう、と自分から言っておきながら、時雄はやはり聞かずにはおれなかった。
千鶴はまたうなずいた。
「そうか・・・」
「ごめんなさい」
「謝る必要はない」
そう言いながらやはり、時雄は胸を切り裂かれるような痛みを感じていた。