[3570] インプリンティング 45 投稿者:迷人 投稿日:2005/09/10(Sat) 18:34
家に帰るとそのまま寝室に行き、妻に何度も呼びかけたのですが、一瞬目を開くだけでまたすぐ
に瞼を閉じてしまいます。
「私が話し掛けても、ずっとこんな状態だよ。トイレに行く時でも、まるで夢遊病者の様だし。
一度医者に診てもらったほうが、良いのではないのかい?」
母に帰ってもらい、椅子に座ってじっと妻を見ていたのですが、昨夜は眠れなかった事も有り、
知らぬ内に眠ってしまい、気が付くと窓の外は暗くなり出しています。
妻を見ると目は開いているのですが、じっと天井を見たままでした。
妻のこの様な姿を見せる事に抵抗は有ったのですが、娘を会わせてみようと思って実家に行くと、
娘は私を見つけて抱き付いて来たので、私は涙を堪える事が出来ません。
手を繋いで帰る途中、娘にお母さんが病気になったと話し、それを聞いた娘は走り出したので私
も後を追いました。
娘は寝室に入ると妻に駆け寄り、顔を覗き込んで。
「お母さん。お母さん、大丈夫?」
娘の声を聞いた妻は一瞬ビクッとし、夢から覚めたかの様に娘を抱き締め、稲垣夫婦に連れ帰っ
てもらってから初めて、声を出して泣きました。
「理香、ごめんね。ごめんね。」
今夜は私と妻の間で寝たいという娘の希望を叶え、ベッドで川の字に成って寝たのですが、娘が
眠ると妻が。
「あなた、ごめんなさい。私は昨日からずっと、もう一人の自分と会っていました。もう1人の
私と話しをしていました。それで分かった事が沢山有ります。聞いて頂けますか?」
私と妻は娘を残してキッチンに行き、向かい合って座りました。
「もう少し落ち着いてからの方が良いのではないか?」
「いいえ、今聞いて欲しいのです。私はずっと自分に嘘をついていました。若い頃から自分を偽
って生きて来たと分かりました。今聞いてもらわないと、また自分に嘘をついてしまう。あなた
にも嘘をついてしまう。」
私は聞くのが怖かったのです。
私の想像通りの事を言われるのではないかと思い、聞きたくは無かったのです。
しかし、知りたい欲望の方が勝ってしまい。
「そうか。それなら聞こう。」
「私は若い頃から、彼の事が好きだった様な気がします。彼には典子さんという婚約者がいたの
で、彼を兄でもない父でも無い、訳の分からない存在にしてしまっていましたが、本当は愛して
いたのだと思います。姉の所を飛び出して、その夜抱き締められてキスをされ、凄く嬉しかった
のは彼を愛していたからだと思います。あなたと付き合う様になったのも、彼に勧められたから
です。このままでは男性恐怖症に成ってしまうかも知れないから、一度デートに応じてみるのも
良いかもしれないと言われたからです。」
私は稲垣の存在自体が無ければ、こんな事には成らなかったと思っていましたが、皮肉なもので、
稲垣がいなければ私達が夫婦に成る事も無かった訳です。
「稲垣を忘れたくて俺と付き合ったのか?奴を忘れたい為に、好きでも無いのに俺と結婚したの
か?」
いつの間にか、稲垣の奥さんと同じ様な事を訊いています。
「私は自分を変えたいから、お付き合いを承諾したと思い込んでいましたが、本当はそうだった
のかも知れない。彼を忘れたくて付き合ったのかも知れない。でも結婚したのはあなたが好きに
なったからです。あなたを愛したからです。それだけは信じて。」
信じたいのですが、これもまた稲垣が奥さんに言った言葉と同じでした。
立場は違っても、私達夫婦と稲垣夫婦は似ているのかも知れません。
違いと言えば、奥さんは2人の関係を疑いながら、ずっと苦しんで来たのに対して、私は稲垣の
存在すら知らずに、のうのうと生きて来た事です。
「9年前にあなたを裏切った時も、私は確かに精神的に少しおかしかったし、あなたと喧嘩をし
て自棄になってはいたけれど、彼の言う事を100パーセント信じた訳ではなかった様な気がし
ます。彼の言う事を信じよう。あなたとの子供が欲しくて、我慢して抱かれるだけで、決して彼
に抱かれたい訳では無いと自分に信じ込ませていただけで、彼の事をまだ愛していて、抱かれた
かったのかも知れない。自分に対して必死に言い訳をしていただけで、彼の愛を身体で感じたか
ったのかも知れません。」
今まで私は嫉妬心から、妻の稲垣に対する愛をどうしても白状させたかったのです。
しかし、このように告白されると、嘘でも『私は騙されただけだった。』『私を騙し続けた稲垣が
憎い。』と言って欲しかったと思いました。
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