七塚 10/9(月) 20:32:12 No.20061009203212 削除
風呂に入ると、酷使した肢体が緩んだ。
ひどい一日だった。
時雄の人生における最初の大きな波乱が千鶴との離婚だったとしたら、今日は二度目の波乱だった。
何のことはない、どちらも千鶴がらみだ。
これから先、ふたりがどうなるかは分からない。今の時雄は千鶴とは赤の他人である。
それでも彼女と関わることをやめられない。
将来、自分が年をとり、過去のことを思い返すとき、自分はいったい千鶴のことをどのように思い返すのか。
そんなことをふと時雄は考えた。それは痛みを伴う想像だった。
不意にバスルームの戸が開いた。
振り向くと、裸の千鶴が立っていた。
時雄はなぜかどぎまぎした。見てはいけないものを見てしまった気がした。
「どうした?」
やっと、それだけ言った。
「いえ・・・」
何が「いえ・・・」なのか分からないが、千鶴はそれだけ言って、無言で浴室へ入ってきた。耳まで赤くなっていた。
台の上にしゃがみこんで、千鶴はシャワーを使い始めた。
その裸の背中を時雄はちらちらと眺めた。
この前、再会したときは随分痩せたと思い、それはたしかにそうなのだが、いま時雄のほうを向いている千鶴の裸の尻は、昔と比べてずいぶん豊かになったと思う。昔はもっと少女めいた身体つきをしていた。
そういえば、乳房もかなり大きくなったようだ。
自分の知らないうちに―――
時雄は木崎のことを考えた。そして自分が顔も知らないような、大勢の男たちのことを考えた。
この七年のうちに千鶴の身体の上を通り過ぎたであろう、大勢の男たちのことを。
「―――出る」
むくむくと湧き上がってきた不快な気持ちを振り払うように、時雄は短く言って、風呂から出ようとした。
「待ってください」
千鶴が振り向いた。浴室の光に照らし出され、白い肌が光沢を放っている。細い上半身に、そこだけ豊かに張り出した乳房から滴り落ちる水の粒が、妙に生々しかった。
時雄はぞくっとするような欲望と殺気に似た想いを同時に抱いた。
「・・・お背中を流します」
「いや、いい」
「でも・・・」
すがるような瞳で見つめてくる千鶴の顔。
その顔を見つめ返しながら、時雄は自分を抑えられなくなった。
「いいかげんにしてくれ。理由を問われても何一つ満足に答えられないからといって、今度は色仕掛けで俺を誤魔化そうとする気か」
千鶴の大きな二重まぶたがいっそう大きく見開かれた。あまりのショックに呆然となっているように見えた。
「君も変わったな。客商売をやるうちに男扱いが巧くなったのか。そうやって男の前で身体を晒して気を惹けば、最後にはどうにか辻褄を合わせられるとでも思っているのか。馬鹿にするな」
「違います! 私はそんな」
「そんな女じゃないとでも言うのか。自分の今までやってきたことを考えてみろ。金をもらって、知らない男に言われるままに、股を開いてきたんだろう。昔の君からは想像も出来ない。今の君は身体も心も汚れきっている」
一息にそれだけ言って、時雄は浴室から出て行った。
ぴしゃりと締めた戸の向こうから、千鶴の号泣が聞こえる。
時雄自身、自らの言葉に深く傷ついていた。傷つきながら、さらに傷口を広げるようなまねしか出来なかった。
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