七塚 10/11(水) 20:55:49 No.20061011205549 削除
そして―――
千鶴は昔語りを始めた。
今まで決して彼女の口から語られることのなかった、あのときのことを。
「大学の美術サークルの同窓会がすべての始まりだったんです―――」
「同窓会のあった七年前のあの日、私はお友達の金谷エミさんと一緒に会場のお店に出かけることになっていました。覚えていますか?」
「覚えているよ。俺は仕事でいけなかったが、その話は君から聞いた」
時雄が答えると、千鶴はこくりとうなずいた。
「そうでした。でも実際は違ったんです。私はその日、同窓会へ出席しなかったんです」
「なぜ・・・・」
「あの日、あなたがお仕事に出かけてからしばらくして、電話がかかってきたんです。木崎からでした」
『木崎』の名前を聞いた瞬間、時雄の胸はざわめいた。
「木崎は同窓会を主催していた幹事の田村さんに聞いて、私たちの連絡先やあなたが当日欠席することなどを知ったらしいのです。そして、あなたがいないのなら、自分が代わりに会場まで送っていこうかと誘ってきました。私が『金谷さんといっしょに電車で行くことになっている』と断ると、『それなら二人まとめて車で送っていこう』、と言われました。それ以上断る理由もなくて、私はその申し出を受けてしまいました。それが間違いでした」
「・・・・・・・」
「木崎は予定の時刻より、かなり早めに私たちのあの家へやってきたのです。『金谷さんはまだ来ていません』と言うと、『それなら家の中で待たせてくれ』と言われました。あなたが大学時代から木崎を嫌っていたことは知っていましたし、私自身正直言って苦手なタイプでしたけれども、気の弱い私は面と向かってその申し出をはねつけることも出来ませんでした。結局、私は木崎を家にあげてしまったのです。そして」
細く白い喉がこくっと動くのが見えた。
千鶴がその先に何を言おうとしているのか、時雄はすでに分かっていた。
「木崎に襲われたのか・・・」
呟いた声はかすれていた。
千鶴は答えなかった。ただ、震えていた。
「私は馬鹿でした。油断があったんです。好きなひとではなかったし、学生時代に彼から自分がどう見られていたかも知っていましたけれど、その頃にはもう何年も時が経っていて、私はすでにあなたの妻でした。だから―――何も危険なことはないと、そう思っていたんです」
千鶴はすっと瞳を閉じた。
「木崎に襲われて・・・犯されているときに、何度も何度も玄関のチャイムが鳴りました。あれは間違いなく金谷さんだったのでしょうけれども、そのときの私はなぜかあなたが助けに来てくれたと思いました。夢中になってあなたの名前を読んだことを覚えています」
「俺はそのとき出張で仙台にいた・・・」
言わずともいいことを、時雄は言った。限りなく絶望的な声で。
「そうですね・・・」
千鶴はうつむき、短くそう答えた。
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