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北原夏美 四十路 初裏無修正

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七塚 10/12(木) 18:17:14 No.20061012181714 削除

「・・・その日、すべてが終わった後で、木崎は今さらのように獣から人間の顔になって、泣きじゃくる私を慰めたり、『昔からずっと好きだったんだ』と言い訳を始めたりしました。私は頭の中が真っ白になっていて、ただただ明日あなたが帰ってきたとき、なんと言えばいいのかと、そればかり思っていました」
「何も言い繕う必要はなかった。嘘をつくことも謝ることもしなくてよかった。ただ事実そのままを教えてくれればよかったんだ」
 時雄は呻くように言った。もしそうしていたら―――という言葉はかろうじて飲み込んだ。
「事実を聞いて俺が君への態度を変えるとでも、思っていたのか。そんなに俺を信じられなかったのか」
 そう言って、時雄はため息をついた。
「・・・俺は残酷なことを言っているかい」
 千鶴はにこりと哀しく笑った。
「いえ。そうすれば―――よかったんですね。でも、私には出来なかったんです。あなたは木崎を昔からすごく嫌っていた。私はその木崎に」
 犯されたんです、と千鶴は言った。
 時雄は絶句した。

「呆然として人形のようになっている私に、木崎は再三言葉をかけましたが、私があまりに無反応なので、そのうち癇癪を起こしはじめました」

『今日俺との間にあったこと、旦那に言うのなら言え』
『俺は何も怖くない。失くすものがないからな』
『もし旦那にばれて失うものがあるとすれば、それはお前のほうだぞ』
 木崎はそんな月並みな捨てゼリフを残して、その日は去っていったのだという。
 そして一日、二日と日は経った。千鶴は悩んだ末、帰宅した時雄に結局何も告げることなく、木崎との出来事をひとり胸に閉まって洩らさなかった。
 時雄も妻の微妙な変化にまったく気づかなかった。
 千鶴の小心と時雄の迂闊さは、木崎のような人間にとっては格好の獲物だった。いくら日にちが過ぎても時雄からの反応がないことで、千鶴が時雄に何も告げなかったことを知った木崎は調子づいた。
 再び木崎からの電話がかかってきたとき、千鶴の心臓は凍りついた。その頃の千鶴にとって木崎は心の傷、憎むべき男以外の何者でもなかった。
 犯されてからの日々で溜まりに溜まったストレスを吐き出すように、千鶴は最初、泣きじゃくりながら電話口で木崎を激しくなじったらしい。木崎はそれを黙って聞いていたようだが、やがて
『旦那には何も言わなかったようだな』
 と、言った。
 図星を指されて千鶴は思わず絶句したという。
『それがいい。あいつはひとの過ちを簡単に許せるような人間じゃないからな。たとえどんな言い訳をしようが、俺に犯されたと聞いたら、お前は即刻その家から叩き出されるぞ』
 まさか、そうなりたくはないよなあ―――
 時雄の耳に木崎のあの厭らしい声が響いた。  

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