七塚 10/23(月) 22:11:09 No.20061023221109 削除
バーテンから聞いた男の名は伊藤牧人。この男が千鶴をあの店のオーナーに紹介したのだという。
連夜の睡眠不足からくる生活の乱れがたたって、ふらふらの身体を引きずるように、時雄は翌日、伊藤の家を訪ねた。
朝、出かけるとき、床に放り出したままの、あの写真が目に入った。見るも恐ろしいそれを時雄がポケットに突っ込んで出かけたのは、ある予感が頭をかすめたからである。
この写真に千鶴と一緒に映っている男は、もしやその伊藤という男ではないか。千鶴に対する男の馴れ馴れしげな様子、また男がファインダー越しにカメラを構えているであろう木崎に送っている笑みは、この男が木崎と千鶴の生活に深く食い込んでいる証のように思えたのだ。
時雄の予感は当たった。突然の見知らぬ男の訪問に、不機嫌そうな顔をして出てきた伊藤は、まさに写真のとおりの男だった。
その顔を見た瞬間、凍るような戦慄が時雄の身体を貫いた。
「どなたですか?」
固まっている時雄に、伊藤はうさんくさげな視線を向けた。
時雄は震える声を抑え、自らの名を名乗った。
「あなたにお聞きしたいことがあります。あなたのご友人の木崎ご夫妻のことです」
伊藤の太い眉がぴくりと動いた。
「木崎さんたちがどうかしたんですか?」
「事情があって、お二人に至急会わなければいけないのです。もしよろしければ、お話を聞かせていただきたいのですが」
「そんなことを言われても、あんたが何者かも分からないうちに勝手によそ様のことを話すわけにはいかんよ。だいたい、私だってそんなに親しく付き合っていたわけでもない」
「・・・・そうでしょうか」
時雄は低い声で応えた。ポケットを探り、つかみ出したそれをゆっくりと伊藤の前に突きつけた。芝居がかったことをしていることは自覚していたが、自分を抑えられなかった。
「―――――」
伊藤が絶句するのが、見えた。
「どこで、これを・・・」
「私の質問に答えてもらえますか」
「待て。中で話そう。入ってくれ」
伊藤は広い家にひとりで住んでいた。中年の男の一人暮らしにしては整理整頓がゆきとどいている。
客間に通されて、時雄ははっとした。
間違いなかった。ここが写真に映っていた部屋だ。
あのおぞましい撮影はこの部屋で行われたのだ。
顔色の変わった時雄を、伊藤はじっと見つめていたが、
「あんたはいったい何者なんだ」
と、おもむろに尋ねた。
「私のことなどどうでもいいでしょう」
「あんたの質問にだけ答えればいい、というのか。言っておくが、あの写真は木崎さんに頼まれたから、モデルになってやっただけだ。誰からも非難される覚えはない」
伊藤は強い調子でそう言った後、急に不安げな表情になった。
「まさか、あんた、警察のひとじゃないよね」
「警察だと困るようなことがあるんですか」
伊藤を睨みつけながら、時雄はそう切り返し、また首を振った。
「やめましょう。こっちも言っておきますが、私は警察ではないし、あなたに迷惑をかける気もない。ただ、あなたにお話を聞かせていただきたいだけです。協力してください」
時雄の調子に気圧されて、伊藤はようやくうなずいた。
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