桐 10/8(月) 22:20:37 No.20071008222037 削除
旅館を出た隆一と江美子が、川沿いの道を10分ほど歩くと木製の吊橋に着く。橋の向こうから歩いてくる男女2人連れを目にした隆一は急に立ち止まる。
「どうしたんですか」
江美子が怪訝な表情をする。2人の男女も隆一に気づいたのか、一瞬顔をこわばらせるが、すぐに平静を保ち隆一に近づいてくる。
「これは北山さん、こんなところで会うとは奇遇ですね」
男は不自然な笑みを浮かべながら隆一に話しかける。
「……どうも」
隆一は頷いて男の後ろに隠れるようにしている女に目を向ける。女はこわばらせたままの顔を隆一からそむけるようにしている。
「どちらにお泊りですか」
「……Tホテルです」
「そりゃあますます偶然だ。我々も昨日からそこに泊まっているんですよ」
男は笑顔を浮かべたまま隆一の顔をじっと見る。たまりかねた隆一が顔を逸らすと、男は口元に勝ち誇ったような笑いをうかべ、江美子に視線を移す。
「こちらは、奥様ですか」
隆一が答えないので、江美子は仕方なく「はい」と返事をし、頭を下げる。
「そうですか」
男は笑いを浮かべたまま振り返ると、背後の女に声をかける。
「やはりどことなく麻里に似ているな。女の趣味というのは変わらないもんだ」
男はそう言うと声をあげて笑う。女はじっと顔を逸らせていたが、やがて「もう、いきましょう」と男に声をかける。
「それじゃあ、また」
男は薄笑いを浮かべたまま隆一に会釈をすると、隆一たちが来た道を旅館に向かって歩き出す。女は深々と隆一に向かって頭を下げ、男の後を追う。硬い表情で立ち竦んでいる隆一に、江美子が気遣わしげに声をかける。
「隆一さん……今の人たちは」
隆一は江美子に背を向けたまま川面に視線を落としている。
「別れた妻の麻里だ」
「すると、男の人の方は……」
「有川誠治、俺の大学時代のサークル仲間だ」
隆一は掠れた声で答える。
「そして麻里を、俺から奪った男だ」
隆一と江美子はその後30分ほど無言のまま散歩を続けると宿に戻る。チェックインを済ませて部屋に案内された2人はお茶にも手をつけないで黙ったまま座卓越しに向かい合っていたが、やがて江美子がたまりかねたように口を開く。
「隆一さん、どうして麻里さんがここに」
「わからん」
隆一は首を振る。目を上げた隆一は江美子が必死な顔つきをしているのに気づき、言葉を継ぐ。
「本当だ。有川の言っているとおり偶然だろう」
「そうなんですか?」
「……ただ、このホテルは以前、麻里と理穂の家族3人で泊まったことがある」
「麻里さんとの思い出の宿って言うことですか」
江美子の表情がさらに強張ったのを見て、隆一は弁解するように続ける。
「違う。ただその時、料理も応対もとてもいい宿だと感じた。だから江美子を今回連れて来たいと思ったんだ。お互い忙しくて、ようやく2人で来れた一泊旅行だから、あえてはずれを引きたくなかっただけだ」
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