桐 10/20(土) 00:28:49 No.20071020002849 削除
「それにしても江美子が結婚していたとは最近まで知らなかったよ。水臭い奴だ。披露宴に呼んでくれれば祝いに行ってやったのに」
「何を馬鹿なことを言っているの」
「恋人同士だったじゃないか」
「そんな関係じゃないわ」
「それなら何だ。不倫相手ということか」
江美子はかっと頭が熱くなるのを必死で抑える。
「私はあなたに奥様がいるとは知らなかった」
「それは途中までだろう。知ってからも俺と付き合い続けていたはずだ」
「みんな終わったことよ」
「本当にそうかな」
孝之は静かに笑うと煙草を咥え、火を点ける。
「江美子は吸わないのか」
「二年前にきっぱりやめたわ。水上さんも少しは健康を気にしたら? かわいいお子さんが二人もいるのでしょう」
孝之は一瞬いやな顔をするが、すぐに平静に戻る。
「子供か――二人共ちっとも俺になつかない。家にいると女三人に男一人だ。完全に疎外されているか、せいぜい都合の良い運転手扱いだ」
「水上さんがそんな愚痴を言うなんて全然似合わないわ」
「江美子、また俺と付き合わないか」
孝之はじろりと江美子を見る。
「……何を馬鹿なことを。そんなことが出来る訳がないじゃない」
「あれから俺は思い知った。俺には江美子が必要だったということを」
「都合の良い女だからでしょう」
「月に一、二度会ってくれるだけで良いんだ」
「そんなことを本気で言っているの? 私には夫がいるのよ。水上さんにも家庭があるでしょう」
「俺を愛していると何度も言ってくれただろう」
「それはあなたが結婚しているということを知らなかったからよ」
「嘘をつくな。知ってからも言っていたぞ」
「……」
江美子は一瞬黙り込む。確かにかつて一度は愛した男だ。卑劣な手段を取るとは考えたくなかったが、どうも江美子の最悪の予想が当たりそうである。
「私が愛しているのは夫だけよ」
「北山隆一という男か?」
「よく調べたわね」
「俺が顔が広いことは江美子も知っているだろう。首都銀には何人も知り合いがいる」
「……」
「その夫も江美子を愛してくれているのか?」
「そうよ」
「江美子が昔、不倫をしていた女だと知ったうえでか」
「……」
江美子は険しい目で孝之をにらむ。
「私が32、彼が38で結婚したのよ。それぞれなんらかの過去があることは了解しているわ。でも、そんなことはお互い詮索しないのよ」
「江美子の夫は前の奥さんに不倫されたそうじゃないか」
孝之はひるむ様子もなく江美子の目を見返す。
「……そんなことまで調べたの」
「それが離婚の原因だったとしたら、相当その男は傷ついたはずだ。男にとって女房に浮気されるほど屈辱的なことはないからな。女性不信になってしまってなかなか再婚しようという気にもならない。また、仮に次に再婚する時は、今度こそ失敗しないでおこうと考えるはずだ。要するに絶対に不倫などしない女と結婚しようとな」
「いったい何が言いたいの」
「ある程度過去があることは了解しているとは言ったが、江美子が不倫の経験があることまでは了解しているかな?」
「さっきもいったでしょう。私は不倫をしようと思ってした訳じゃない」
「江美子の旦那がそう取るかどうかが問題だろう」
「彼はそんなことは知らないし、そんなことをわざわざ知らせる必要もないわ」
「どうしてそんなことが言える」
「私は彼を絶対に裏切らないからよ」
「さあ、どうかな」
孝之は短くなった煙草を消すと、新しいものを取り出して咥える。
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