桐 10/20(土) 13:00:47 No.20071020130047 削除
(最悪の週末だったわ……)
得意先周りを終えた江美子はオフィスに戻る電車の中で、週末の出来事を思い出している。
しばらくして落ち着いたのか、理穂が部屋を出てくると江美子が買ってきたケーキを3人で食べた。しかし、理穂は明らかに江美子を見ないようにしており、その態度は日曜になっても変わらなかった。気を使って話しかける江美子に笑って答えるのだが、目はこちらを見ていないのだ。
めったにしないことだが、土曜の夜は江美子から隆一をベッドに誘ってみた。しかし、隆一は「今夜はその気になれない」と首を振るだけのだった。はっきりと口には出さないが、江美子の姿が麻里を思い出させるために違いない。
(いちいちショックを受けていてはやっていけないと言っていたけれど、一番ショックを受けていたのは隆一さんではないのか──)
江美子は憂鬱な気持ちでそんなことを考える。
隆一から止められているので、髪形についてもすぐに直すわけには行かない。それに、これだけ短くしてしまったらバリエーションにも限界があった。
皮肉なことに江美子の新しい髪形は、同僚や上司、そして取引先には好評だった。何人かは褒め言葉のつもりか「オードリーヘプバーンに似ているね」と笑い、それがさらに江美子を憂鬱にさせる。
(ある程度長くなるのを待つしかないわ)
そう考えた江美子が思わずため息をついた時、携帯にメールの着信音がする。送信先には「中城麻里」と表示されている。
(麻里さん……)
ざわついた気持ちを抑えながら江美子はメールを読む。
『ご紹介した美容院はいかがでした? きっと気に入っていただけたことと思います。早速ですが、理穂のことでご相談したいことがあるのでお時間をいただけますでしょうか。麻里』
(白々しい……どういうつもりなの)
江美子はカッと頭が熱くなるのを感じる。麻里は江美子と隆一、そして理穂の間に波風が立つことを楽しんでいるのか。それとも、よほどの天然なのか。
江美子は承諾のメールを打つ。まもなく麻里から、金曜の夜9時に渋谷駅近くのカウンターバーでどうかと返事がある。
(どういうつもりなのか、確かめてやるわ……)
江美子はそう思い定めると、再び麻里に了解のメールを返す。
麻里の指定したバーは、六本木通りと青山通りが交差したあたりのビルの地下1階にある。清潔感のある落ち着いた雰囲気は、女性が一人で入るのに抵抗がない。麻里はすでに到着しており、カウンターの端でカクテルを飲んでいる。江美子の姿を認めると、麻里は立ち上がって会釈をする。
「お忙しいところを急にお呼びだてしてごめんなさい」
「いえ、私のほうでもお話したいことがありましたから」
江美子は会釈を返して席に着く。
「思ったとおりだわ」
麻里は微笑みながら江美子をしげしげと眺める。
「え?」
「その髪型、江美子さんにぴったりだわ。よく似合うわよ」
「……」
邪気のない麻里の表情に言葉を失っている江美子に、バーテンダーが声をかける。
「何かおつくりしますか?」
「え、ええ……」
「ここのバーは、ハーブ入りカクテルが有名なのよ」
麻里の勧めに江美子は思わず「それじゃあ、それをお願いします」と頷く。
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