桐 10/21(日) 10:45:47 No.20071021104547 削除
「それはどういう……」
「男の人は、女よりも過去を引きずるものよ」
「……」
「隆一さんが江美子さんと幸せになるためには、彼が私のことを吹っ切らないといけないわ」
「それと、私に麻里さんの髪型をさせたこととにどういう関係があるのですか?」
「わからないの? 隆一さんは無意識のうちに江美子さんに私の面影を求めているのよ」
麻里の言葉に江美子は衝撃を受ける。しかし、それは旅行中に麻里に会った江美子自身が感じたことである。
「こんなことを言うといかにも自意識過剰のように聞こえるのだけれど、本当にそう思うのだから仕方がないわ。それを隆一さんに一度はっきりと自覚させるために、こんな手段を使ったの」
「……」
「K温泉であなたと隆一さんを見たときから私にはわかっていたわ。私には妹はいないけれど、もしいたとしたらあなたのようだったと断言できるわ」
「そんな……」
「あなたも気づいているでしょう。有川さんもあなたを見た瞬間にわかったと言っていたわ。彼がK温泉で隆一さんに対してやや失礼な態度をとったのもそのせい──彼が私のことを吹っ切れていないことを気づかせたかったためなの」
「それで、麻里さんはそれについてどう思っているのですか?」
「本音を言うと少しだけ嬉しいところもあるけれど、やっぱり迷惑だわ」
そう言うと麻里はカクテルを少し口にする。
「私も隆一さんから離れて、新しい世界へ歩いていきたいの。けれど、隆一さんがいつまでも私を引きずって、理穂がそれを見て悩んでいるようでは心配だわ」
「理穂ちゃんが悩んでいると……」
「隆一さんが苦しんでいるのを見てあの子なりに悩んでいるのよ──そもそもの原因は私なのだけれど」
江美子にはそこまでは気づかなかった。理穂が江美子の新しい髪形を見た際に衝撃を受けた様子は、自分よりも父親の心の傷のことを慮ったせいだというのか。
「……どうしたらいいんでしょうか?」
江美子は麻里の方をまっすぐ見る。
「江美子さんは隆一さんを愛しているんでしょう?」
「もちろんです」
「彼から愛されているという実感はある?」
「それは……」
あると断言したかったが江美子は急に自信がなくなる。隆一が今も愛しているのは麻里ではないのか。自分を抱くことで、麻里を抱けない心の渇きを癒しているだけではないのか。
――麻里
隆一の苦しげな声が江美子の頭の中に浮かんでくる。
「……わからなくなって来ました」
「私の影がなくても江美子さんが隆一さんに愛されること、そのためには江美子さんが隆一さんのことをもっと知る必要があると思うわ」
「もっと知る……」
江美子は麻里の意図を図りかねる。
「私が隆一さんのことを理解していないとおっしゃるのですか」
「そうは言っていないわ」
麻里は首を振る。
「それでも、私は彼とは学生時代以来、離婚するまで15年以上の付き合いよ。その間には色々なことがあったけれど、今でも彼のことは一番わかっているつもりよ。江美子さん、あなたは隆一さんと会ってからどれくらいになるの?」
「……二年です」
江美子の答えを聞いた麻里は微笑む。それは余裕の笑みに思え、江美子は理由のつかない焦燥に駆られる。
「心配要らないわ。私が教えてあげる。隆一さんのことを全部」
麻里の目に、いつか夢の中で見た挑発的な色がふと浮かんだような気がして江美子ははっとする。
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