桐 11/3(土) 00:17:45 No.20071103001745 削除
想像していたよりは早く済んだ。隆一が待ち合わせの場所に戻ると、江美子は隆一よりも少し年下の男と話していた。隆一はとっさに江美子に気づかれないように柱の影に隠れ、二人の会話に耳を傾ける。
「……いつもと雰囲気が違うんで、最初は全然分からなかったよ。こんなところで会うとはね」
「……私、あなたにお目にかかったことはありません。人違いですわ」
「人違いなもんか。僕はこれでも人を見分ける目には自信があるんだ。せっかくだからお茶でも一緒にどうだ」
「そんな、困りますわ」
「ふん、やっぱり認めるんだね。いつもの大胆さはどうしたんだ」
(どういうことだ)
隆一は頭がかっと熱くなり、我慢出来なくなって柱の陰から姿を現す。
「あなた」
江美子が隆一にすがるような視線を向ける。江美子に纏わり付いていた男は隆一に気づいて、ぎょっとした顔付きになる。
「なんだ、亭主がいたのか」
男は吐き捨てるようにそう言うと、その場をそそくさと立ち去る。江美子は心細そうな顔を隆一に向けている。
「誰だ、あれは。知っている男か」
「いえ」
江美子は首を振る。
「人違いです。誰か似ている人と間違えたみたい」
「そうか……」
隆一は江美子の顔が微かに青ざめていることに気づく。
「大丈夫か、江美子。顔色がよくないぞ」
「いえ、大丈夫です。少し人混みに酔ったのかも知れません」
「そうか」
江美子の表情には再び憂いの色が走っている。隆一は江美子の手を取ると「今日はもう帰ろう」と頷きかける。
「でも、まだあなたの買い物が」
「急ぐものじゃない」
隆一はそう言うと江美子の手をひいて改札へ向かった。
「美味しい」
パンプキンプリンを口にした理穂はぱっちりした目を一層大きく見開き、感嘆の声を上げる。
「でも、また二人だけでデートに行ったのね。ずるいわ」
理穂が恨みがましくそう言うと、江美子は「ごめんなさいね、今度一緒に行きましょう」と慌てて口にする。
「冗談よ。新婚さんのデートを邪魔するほど無粋じゃないわ」
「もう新婚じゃないぞ。この前一周年の記念日は終わったからな」
「え、そうなの? 新婚の定義って一年だけなの?」
「普通はそうじゃないか。理穂は何年くらいだと思っていた」
「10年くらいだと思っていたわ」
「そりゃあ長い新婚だな」
「だって、ママとはそれくらいはずっと仲が良かったんでしょう?」
プリンを口に運ぶ江美子の手が急にとまるのがわかる。理穂は不穏な空気を察したのか「ごめんなさい」と小声で口にする。
「いや、気にするな。そういえばママと別れたのは結婚10周年の年だったな。それならあと9年は大丈夫か」
「あなた……」
「冗談だ」
隆一は顔の前で軽く手を振る。
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