桐 11/3(土) 16:34:46 No.20071103163446 削除
(あいつ、ひょっとして江美子のことを)
混浴温泉で江美子の裸身を見ていた有川の好色そうな目付きを思い出すと、隆一はかっと頭に血が上るのを感じる。
(復讐のつもりか……有川め、俺から麻里を奪っただけでは飽き足らず)
そこまで考えた隆一は、今は何も証拠はないことに改めて思い当たる。
(動機を考えると奴しか思い浮かばないが、麻里という女が有りながら有川が江美子に手を出すだろうか。麻里はなぜそれを許した? 麻里は何も知らないのか?)
(いや、そんなはずはない。江美子の髪形や洋服、下着の趣味が変わったのは偶然ではない。明らかに麻里の影響を受けている。そして、麻里の背後にいるのは有川だ)
(それなら麻里の意図は何だ? どうして江美子を有川と近づける? 俺や理穂を捨ててまで有川の元に走った麻里がそれでいいのか)
いずれにしても証拠がないままでは動きようがない。江美子を興信所に調査させるか、と隆一は考える。
(駄目だ、それは不味い)
もし江美子が潔白で、自分が江美子をそこまで疑ったことが後になって江美子に分かれば取り返しのつかないことになる。
(それに、もともと江美子は被害者だ)
俺たち三人の問題に江美子を巻き込んでしまった結果がこれだ。この前のK温泉でも、麻里や有川に甘い顔を見せるべきではなかった。いや、それ以前にもっとはっきりとケリをつけるべきだったのだ。
(五年前はそれが出来なかった)
麻里があの時開き直っていれば、もっと俺を責めていれば、麻里に対する未練はなかっただろうに。麻里は自分の非を認め、ひたすら俺に詫びるだけだった。理穂の親権についても決して争おうとしなかった。あいつを責める俺の方が悪いのかと思うほどだった。
隆一はふとベッドの脇に置かれた時計を見る。考え事をしているうちに時間が経ってしまった。じきに江美子が帰ってくるだろう。
(そうだ、携帯)
江美子は近くに買い物に出るくらいなら、携帯はリビングに置いてある充電器に差しっぱなしにしている。受発信の履歴を調べれば何か分かるかもしれない。
隆一はリビングに戻り、充電器をチェックする。
(ない……)
そこにあるはずの江美子のパールホワイトの携帯電話は見当たらなかった。
(持ったまま出掛けたのか。しかし、なぜ)
隆一は時計を見上げる。
(遅い……)
近所のスーパーへ買い物に行っただけだから、そろそろ帰ってもいいはずだ。このマンションに住み初めて一年ほどの江美子は、近所付き合いらしい付き合いもまだほとんどない。「理穂の保護者」として認知されてとも言い難いので、いわゆるママ友との付き合いもないから、麻里が時々そうしたように途中で誰かに出会って話し込んで遅くなるということもないはずだ。
隆一はじりじりする思いで江美子を待つ。それから30分ほどしてから「ただいま」という声がした。隆一は玄関で江美子を出迎える。
「遅かったな」
「え、そうですか」
隆一は江美子が手にさげている買い物袋に目を走らせる。特にたくさん買ったというような量ではない。江美子は買い物はいつも手際が良く、店頭で延々と迷うということはない。
江美子の表情に変わったところはないが、妙に顔が上気しているのが気になる。外気が冷たかったせいか。それとも……。
買い物に携帯を持って出掛けてもおかしくはない。買い物から帰るのがいつもより30分ほど遅れても不思議ではない。その程度の遅れで一々連絡をしなくても不自然ではない。しかし、そんな些細な事、いつもの江美子ならやらないことがすべて、隆一には気になるのだ。
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