桐 11/4(日) 09:19:09 No.20071104091909 削除
「家でお鍋なんて久し振りね」
理穂が目を輝かせる。
「そんなに久しぶりかな」
「そうよ、5年……いえ、6年以上はやっていないわ」
「ごめんなさい、理穂ちゃん、お鍋が好きだったの? もっと早くすれば良かったわね」
「あ、いいのよ。江美子さん。特に好きって言う訳でもないの。ただ、パパと二人ではお鍋っていう感じでもなかったし」
理穂は首を振る。
「でも、こうやって三人でお鍋を囲んでいると、家族っていう感じがしていいわ」
「感じ、ってことはないだろう。立派な家族だ」
「そうね。なんだか昔のようにママと一緒にいるような気になることがあるわ」
「そうか……」
隆一は苦笑しながら江美子を見る。江美子はほっとしたような笑顔を理穂に向けている。
「なあ、理穂」
「なに? パパ」
「そろそろその、江美子さん、って呼び方をやめてみないか」
「なんて呼ぶの?」
「それは……」
隆一は口ごもる。
「言っておくけれど、ママと呼ぶ訳にはいかないわ」
「それは……」
「パパも江美子さんのことを江美子、って呼んでいるじゃない。ママの時はママ、って呼んでいたわ。私にだけ変わるように期待するのはおかしくない?」
「……」
「誤解しないでね、江美子さん。だからといって江美子さんを認めていないということじゃないの。いくら悪いことをしたと言ってもママはママ。それは変わりはない」
「理穂……」
「だけど、私はママにこの家に帰って来て欲しいなんて思ったことは一度もない。江美子さんとパパが結婚して本当によかったと思っている」
理穂はそう言って立ち上がる。
「どこへ行くんだ」
「ちょっと待っていて。すぐに戻るわ」
理穂は自分の部屋に入ると白い紙袋を持ってくる。
「江美子さん、これ」
理穂は紙袋を江美子に手渡す。
「少し遅くなったけれど、結婚1周年の私からのプレゼントよ」
「えっ……」
江美子は驚きに目を見開かせ、紙袋を開ける。そこから現れたのは純白のマフラーだった。
「先月のうちに買おうと思ったのだけれど、お小遣いが足らなかったの。今月ようやく貯まったから……その代わり、クリスマスプレゼントとの兼用ということで勘弁してね」
「理穂ちゃん」
江美子の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「ありがとう……ありがとう」
理穂はマフラーを江美子の首にかける。江美子はそのまましばらくすすり上げていたが、やがて顔を上げてほほ笑む。
「汚すと大変だわ」
江美子はそう言うとマフラーを丁寧に畳み、紙袋にしまう。
「ありがとう、理穂ちゃん。大事にするわ」
「お鍋が煮立ってしまうわ。さ、食べましょう、江美子さん」
理穂はそう言ってテーブルにつき、箸を取り上げる。江美子はそんな理穂の様子を楽しげにじっと眺めている。
(麻里の表情だ)
隆一はそんな江美子の姿を見ながら、別れた妻のことを思い出していた。麻里もあんな風にいとおしげに理穂の仕草を見ていた。江美子に、理穂の母親のような感情が宿り始めて来たのか、それとも……。
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