桐 11/6(火) 21:20:23 No.20071106212023 削除
結婚してから十年近く、いや、出会ってから十五年、隆一が知っていた麻里と、有川と関係をもっていた麻里は全く別人だった。
有川から送られて来た、写真が添付されたメールを麻里に突き付けた時、麻里は本当に何も身に覚えがないと言って否定した。何かの悪戯に決まっている。携帯メールの写真など何の証拠にもならないと。
(そう、ちょうど昨夜の江美子のように)
しかしその後、麻里に対する疑いは消えなかった。結局隆一は興信所に調査を依頼することによって、有川との不倫の動かぬ証拠を手にしたのだ。
(せめて最初に俺がメールを突き付けた時に事実を認めて、謝ってくれていたら……)
あの後、隆一はあれほど態度を硬化させなかっただろう。また、不倫の事実が明らかになっても、誠心誠意詫びた上で、二度と過ちを繰り返さないと誓ってくれれば隆一は許しただろう。
(しかしあの時麻里は、有川と関係をもったことについては謝るが、二度と繰り返さないと誓うことは出来ないと言った)
隆一にとっては信じられない発言だった。自分がやったことを反省していないのか。詰め寄る隆一に麻里は答えた。
「もちろん反省しています。でも、どうにもならないのです。私は自分を止めることが出来ないのです」
「何を馬鹿なことを言っている。自分の身体だろう。自分で止めることが出来なくてどうするんだ」
「あなた」
麻里は興奮する隆一を遮った。
「私と別れてください」
「なんだと」
隆一は驚いた。理穂を溺愛している麻里は、自分から離婚を口にすることは絶対にないと考えていたのだ。
「なぜだ」
「私といればあなたは、そして理穂も不幸になります」
「俺と別れてどうする。有川と一緒になるのか」
「なりません。有川さんもそのつもりはありません」
「嘘をつけ。もう俺を愛していないんだろう。おまえは有川を愛していたのだろう。学生のころからずっと。おれと結婚したことを後悔しているんじゃないのか」
「私が愛しているのはあなた一人です。有川さんを愛したことはありません」
「出鱈目を言うな。学生のころも有川と付き合っていた時期があるじゃないか」
「あれは……」
麻里はそこで言葉を詰まらせる。
「違うんです」
「どう違うんだ」
「とにかく違うんです。愛ではありません。少なくとも私の愛では」
(分からなかった。麻里のことが何も分からなかった。分かっていたような気になっていたのはすべて俺の幻想だったのか)
「あなた」
不意に声をかけられ、隆一は驚いて顔を上げる。
「どうなさったんですか、珈琲がこぼれそうです」
「ああ」
隆一は夢から覚めたような気分になる。目の前では江美子が心配そうに首を傾げて立っている。その姿を見た隆一は息を呑む。
(麻里……)
以前は健康的な小麦色だった江美子の肌が驚くほど白くなっている。はっきりした目元、豊かなヒップ、黒いサブリナヘア、そして洋服の趣味。目の前にいる女はまさに六年前の麻里とそっくりだった。そう、ちょうど麻里が有川と不倫を開始したころの。
(メイクのせいか……いや、それだけではない)
隆一はある可能性に気づき、愕然とする。
(昨夜送られて来た写真はひょっとして、水上からでも、有川からでもないのでは)
「隆一さん、お天気が良いから、ドライブに行きませんか。年末はまだ先だからそれほど道も混んでいないんじゃないかしら」
江美子は隆一に向かって無邪気に微笑みかける。
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