桐 11/10(土) 00:31:40 No.20071110003140 削除
「これは」
「ホットワインです」
バーテンダーが隆一に笑いかける。
「お風邪でしょう? これは効きますよ。店からのサービスです」
「……ありがとう」
マスクをして入ったせいで誤解されたか。しかし、身体が冷えているためちょうどいい。隆一はホットワインに口をつける。
「うまい」
隆一は思わず声を上げる。
ほどよい甘さにクローブとレモンが効いており、麻里のマンションの前で突っ立っていたせいで冷えた身体が心地よく暖まっていく。
「クリスマスにはホットワインがつきものです」
「クリスマスか……」
渋谷の街は華やかにイルミネーションが施され、クリスマス一色である。江美子と結婚してから二回目のクリスマスシーズンをこのような気分で迎えようとは、隆一は想像していなかった。隆一はしばらくためらっていたが、思い切ってバーテンダーに話しかける。
「先ほどの女性客二人のことだが……以前からよく来るのか?」
グラスを拭いていたバーテンダーが顔を上げる。
「迷惑はかけない」
隆一は小さく折った一万円札をバーテンダーに渡す。バーテンダーはためらうように、しばらく無言で隆一を見ていたが、やがて口を開く。
「お一人は以前からご贔屓にしていただいている方です。若い方の女性がいらっしゃるようになったのは、ここ二ヶ月くらいでしょうか」
(……K温泉で麻里と有川に会ってからだ)
「男二人の方は?」
「一人は、かなり前からいらっしゃっている方です。もう一人の男性は最近、その方がお連れになるようになった方です」
「前から来ている女の方の知り合いか?」
「そうですが、この店でお知り合いになられたようですね」
「仕事上の知り合いではないということか」
「この店は女性一人のお客様がよく来ることで知られていまして……」
バーテンダーは意味ありげな笑みをたたえながら頷く。
「どれくらいの頻度でこの店に?」
「女性の方ですか? 週2、3度というところですかね」
「二人とも?」
「はい」
「いつもああやって、この店で男と待ち合わせているのか?」
「いつもというわけではありません。女性同士お二人だけで飲まれるときも。しかし、最近は大抵どなたかと待ち合わせられますかね」
「同じ相手か?」
「先ほどのお二人と、それとは別に一組いらっしゃいます。そちらはもう少し若いですね。30になるかならないか、という感じでしょうか」
「男同士が鉢合わせすることはないのか?」
「曜日が決まっていますから……。先ほどのお客様は月曜と木曜、もう一組は火曜と金曜に来られます」
隆一の銀行では水曜日は「早帰り」の日であり、極力残業はしないことになっている。江美子もその曜日は避けているということか。
それにしても江美子が少なくとも週に二度以上のペースで麻里に会い、そればかりか男と待ち合わせて麻里のマンションに行っているなど隆一は想像もしていなかった。
(どうして江美子が麻里に会う必要がある? どうしてそれを俺に秘密にする? やはり後ろめたいことがあるからか?)
(あの男たちと江美子、麻里はいったい今何をしている? 有川は何も知らないのか?)
隆一は色々な疑問が一気に湧き上がり、胸が締め付けられそうな思いになる。
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