桐 11/10(土) 09:21:04 No.20071110092104 削除
「どんな話をしていたか教えてもらえないか?」
「それはちょっと……」
バーテンダーは困ったように首をかしげる。十中八九仕事絡みではないと隆一は確信する。
「お客様は、あの女性の?」
「亭主だ」
「どちらのですか?」
「若い方だ」
「そうすると、もう一人はお客様の義理のお姉さんですか」
「えっ?」
隆一は驚いて聞き返す。
「お二人は姉妹じゃないんですか」
「違う」
「顔つきや雰囲気がよく似ているので、てっきり姉妹だと思っていました。以前から来られているほうの女性が『あれは妹』とおっしゃっていましたし……」
「姉妹……」
麻里がそのような説明をしていたというのか。
「まあ、似たようなものだ」
隆一は苦笑するとホットワインを飲み干し、グラスを置くと手帳を取り出し、携帯のメールに走り書きをする。
「お願いがあるんだが……今度あの二人が店に現れ、男たちと合流したらこのアドレスにメールをくれないか?」
「それは……」
「メールには何も書かなくていい。空メールでいいんだ」
バーテンダーはしばらく迷っていたが、やがて「わかりました」と頷く。
「ただ、お客様がいる前では出来ませんから、注文が途切れた時に打つということになりますよ。それでもいいですか?」
「それは仕方がない。よろしく頼む」
隆一はバーを出るとJR渋谷駅から湘南新宿ラインに乗り、自宅のマンションに戻る。江美子はまだ帰ってきていない。隆一はダイニングで缶ビールを飲みながら一昨日の土曜日の、横浜駅近くでの出来事を思い出している。
──いつもと雰囲気が違うんで、最初は全然分からなかったよ。
──人違いなもんか。僕はこれでも人を見分ける目には自信があるんだ。
──いつもの大胆さはどうしたんだ。
──なんだ、亭主がいたのか。
(あのときの男の言葉は……)
いつもの大胆さ、とはいったいどういう意味だ。男の態度や口ぶりは、江美子と男がただならぬ関係にあることを示しているのか。
(しかし、麻里はいったいどういうつもりだ)
今夜見かけた麻里が、隆一にはかつての自分の妻と同じ人間とはとても思えない。姿かたちは確かに麻里のものだが、どうしても以前の麻里とは重ならないのだ。
その時、隆一の携帯がメールの着信を告げる。隆一がメールを開くと、いきなり大股を拡げた女の写真が飛び込んでくる。女の股間には男が頭をうずめているが、後ろ向きなので顔はよく分からない。隆一は衝撃を受けながらもあることに気づく。
(この後ろ頭の傷は今夜、渋谷のバーで見かけた男のものだ)
さらに一通の着信がある。そこには快楽に喘ぐ女の表情が映し出されている。
『表題:クリニングスされて絶頂寸前の奥様です』
『本文:女の大事な部分を粘っこく愛撫されて、歓喜に打ち震える奥様の姿です。奥様は本当にいい声で泣きますね。声を聞いているだけでこちらまでぞくぞくして来ます。愛液の量もとても多くて、こちらの顔の顔までがびっしょり濡れて来てしまいます。 水』
隆一はメールを読み終えると震える手で携帯を閉じる。
(間違いない……これは水上などという男からのものではない。そして、有川が送ってきたものでもない)
この写真は恐らくたった今撮影されたばかりのものだ。そして送ってきたのは麻里だ。
(五年前に解決すべき問題が、解決されていなかったのだ)
麻里に会うしかない、それも早急に。隆一はそう心に決めるのだった。
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