桐 11/10(土) 09:26:55 No.20071110092655 削除
「飲み過ぎだわ。ビールは一本までよ」
「ああ……」
隆一は我に返って理穂を見る。理穂はレンジでお湯を沸かし始める。
「勉強は良いのか」
「休憩も必要よ。それに、たまにはパパと水入らずで話もしたいし」
「そうか……」
そう言われてみれば最近は江美子のことで余裕がなく、理穂とろくろく話ができていない。二人暮らしだったころがよほど会話をしていたと言える。
思春期にさしかかっている理穂が特に父親を疎んじる気配がないのは有り難いことだと思っている。少し大人びてきた理穂の顔を改めて見ると、別れた妻にますます似てきていると感じさせる。
「話って何だ? 勉強のことか、友達のことか?」
「違うわ」
理穂は首を振る。
「江美子さんのことよ」
「江美子のこと?」
隆一は胸がドキリとするのを感じる。
「パパに聞きたいのだけれど、江美子さんがもしママのようにパパを裏切ったら、やっぱり離婚するの?」
「離婚……」
理穂の唐突な質問に隆一は言葉を失う。
「どうしてだ?」
「だって、ママがパパを裏切ったから離婚をしたのでしょう。江美子さんがもしパパを裏切ったら同じように離婚をしなければ不公平だわ」
「理穂、男と女は……いや、夫婦の仲は公平だとか不公平だとか、そういった理屈だけで決まるものではない」
「そんな……」
理穂は不満そうに口をとがらせる。
「それなら、江美子さんがもしパパを裏切ったらどうするの? 離婚はしないの?」
「理穂はさっきからしきりに裏切りという言葉を使っているが、意味が分かっているのか」
「もちろん分かっているわ」
理穂は真剣な表情で隆一を見つめている。
「そうか……」
隆一は小さくため息をつく。
「江美子が裏切ったらどうするか、そんなことは考えたこともないし、もし仮にそうなってもその場になってみないと分からない」
「そうなの?」
「理穂はまるでパパと江美子さんが別れて欲しいような口ぶりだな」
「そんなことはないけれど……」
理穂は顔を伏せる。
「でももし、その時になって江美子さんを許すのなら、ママも許してあげて欲しい」
「許す?」
隆一は缶ビールをテーブルに置き、理穂の顔を見直す。
「パパはママをもう許している」
「そうなの? でも、少なくともママはパパに許されたと思っていないわ」
「理穂、そもそもママを許すとか許さないとか、パパはそんな人を裁けるような上等な人間じゃないんだ」
「パパが裁かなければ誰が裁くの」
理穂はまっすぐ隆一の目を見つめる。そのくっきりした大きな瞳は母親そっくりであり、隆一はまるで麻里に見つめられているような錯覚に陥る。
(そうか、麻里。そういうことか)
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