桐 11/10(土) 09:29:09 No.20071110092909 削除
隆一はそこで突然麻里の意図を理解する。麻里は江美子を陥れようとしている。そして、理穂を抱き込んで再びこの家に戻って来ようとしているのだ。
「理穂、お前はまだママと連絡をとっているのか?」
隆一の言葉に理穂は途端に落ち着かない表情になり、顔を伏せる。
「連絡を取ったらいけないという意味じゃない」
「……取っていないわ」
「ママから何か聞いているのか」
「何も聞いていない」
理穂は顔を伏せたまま首を振る。
「少なくとも江美子さんがこの家にきてから、私はママと連絡を取ったことはないわ」
「……話題を変えよう」
理穂には罪はない。問い詰めるのは残酷だと考えた隆一は懸命に口調を穏やかにする。
「そういえばもうすぐクリスマスだ。プレゼントは何が良い?」
「……特に欲しいものはないわ」
「そんなことはないだろう、何でも言ってみろ」
「あっても、パパには買えない」
「パパを馬鹿にするもんじゃない。昔ほどじゃないが、銀行員は高給取りなんだ」
「じゃあ、おねだりしてもいい?」
理穂は挑戦するように顔を上げる。
「パパとママと私、三人でクリスマスを過ごしたい」
「理穂……」
隆一は言葉を失う。
「分かっているわ。無理でしょう。パパには買えない。困らせてごめんなさい」
理穂はそう言うと立ち上がり、ダイニングを出る。理穂が子供部屋に消えた後、金縛りになったようになっていた隆一は、テーブルの理穂が座っていた位置に涙がこぼれているのを見つける。
(麻里も声を上げないで泣く癖があった)
隆一は麻里と迎えた夫婦としての最後の日のことを思い出す。
(だから俺は、麻里が泣いていることにずっと気がつかなかったんだ)
水曜の夜、青山にあるイタリアンのレストランで隆一は人を待っていた。クリスマスムードで賑わう街は恋人同士らしいカップルが楽しげに笑い合う声がそこここに響いている。
「お待たせ、隆一さん」
やがて入り口に隆一の待ち人、明る目の栗色の髪、ドレッシーなスーツに身を包んだ麻里が現れる。
「久し振りね」
「ああ」
麻里は屈託のない笑顔を見せながらテーブルに着く。髪の色や服装だけでなく、全体の雰囲気が月曜日に見た麻里とは違っていることに隆一は気づく。目の前にいる麻里はむしろ隆一が見慣れた昔の麻里である。
「美容院にでも行ったのか?」
「どうして?」
月曜とはヘアスタイルと髪の色が違うから隆一は尋ねたのだが麻里は怪訝そうな顔をして首を傾げている。
「あ、俺と会うのにどうしてお洒落をして来ないのか、という意味ですか? ごめんなさい。ここのところずっと忙しくて」
そういうと麻里はコロコロと無邪気な笑い声を上げる。
「でも、そんな風に期待してくれるいたなんて嬉しいわ。結婚している時は私が美容院に行っても気づかないことが多かったあなただから」
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