桐 11/10(土) 17:08:51 No.20071110170851 削除
青山のイタリアンレストランで麻里と別れてから一週間以上が経った。
バーテンダーからメールは届かない。江美子の様子も落ちついている。「水」という男からのメールもその後はない。
(麻里のやつ、諦めたか)
クリスマスイブを含む三連休を控えた金曜の夜、溜った仕事にようやく区切りをつけた隆一はひとまずほっとした心地になる。
(あんなにきつく言わなくても良かったのかも知れない)
きっと江美子にも隙があったのだ。そしてもしそうだとしたら、俺との関係に自信がもてなかったのがそうさせたのだろう。裏切られることに臆病になって、根拠のない猜疑心が江美子を追い詰めたのではないか。
このまま麻里との接触がなくなれば江美子は落ち着くだろう。今度のことはそれで終われば、男たちとの間に何があったのかなどと、江美子を追求するつもりはない。
隆一がそんなことを考えていると、突然携帯が鳴った。ディスプレイには「理穂」という名前が表示されている。
『パパ!』
「どうした、理穂」
『ママが、ママがいなくなっちゃった』
「何だって? どういう訳だ」
『ママが死んじゃうかもしれない。どうしよう、私……』
「理穂、落ち着いて話せ。どういうことだ」
理穂は泣きじゃくるばかりで会話にならない。その時、審査部のアシスタントが隆一の名前を呼ぶ。
「北山審査役!」
「取り込み中だ」
「すみません。どうしても大至急話したいという方が」
「誰からだ」
「有川さんという方です」
「有川?」
隆一は理穂に「いったん切るぞ」と声をかけ、携帯をオフにすると電話をとる。
「北山、俺だ。有川だ」
「こんな時に何の用だ」
「こんな時? 麻里がいなくなったことか」
「麻里の居場所を知っているのか?」
「知らない。しかしお前に話したいことがある」
「今はそれどころじゃない」
「今じゃなきゃだめだ。麻里の命にかかわる」
「何だって?」
有川のただならない口調に隆一は驚く。
「すぐ近くの○○ビルの喫茶店まで来ている」
「わかった。今から行く」
隆一はアシスタントに「悪いが今日はこれで上がる」と告げるとオフィスを出る。有川が指定した喫茶店はオフィスから五分ほどの場所である。有川は店の奥で深刻そうな表情をして待っている。
「挨拶は抜きだ。お前にずっと隠していたことがある」
隆一が席に着くなり有川は口を開く。
「北山は解離性同一性障害というのを知っているか?」
「なんだ、それは」
突然の有川の言葉に隆一は面食らう。
「昔はよく多重人格と言われたものだ」
「多重人格? 一人の人間の中にいくつもの人格が存在するってやつか」
いったいそれが今、麻里にどういう関係がある、と隆一は苛立つ。
「麻里がその解離性同一性障害だ」
「何だって?」
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