弱い男 7/22(土) 04:56:08 No.20060722045608
私は美人局をした後ろめたさもあって、悪を気取って強がらずにはいられませんでした。
「今回の決着がついた頃、また近藤を誘え。性欲だけの馬鹿男は何度でも引っ掛かる。ただ、今回と同じでは流石に奴も疑うだろうから、次は少し触らせてやれ。それが上手く行ったら、その次は抱かれてもいいぞ。美雪もご褒美が欲しいだろうから」
「あなた、もうやめて」
「やめて?近藤が可哀想になったか?そりゃそうだな。美雪と近藤は、全て見せ合った仲間で、俺が2人の仲を切り裂く敵だった。」
「違います。もうこの様な事は」
「誰のせいでこうなった?お前は売春婦と同じだ。この間の80万も、美雪が身体を売って稼いだのと同じだ。一度身体を売ったら何度売っても同じだから、何なら近藤以外の男も引っ掛けて抱かれろ。その度に俺が慰謝料をとってやる。どうせ汚れきった身体だ。これからも、もっと身体を売って金を稼げ。俺はその金で若い女と遊ぶ」
「こんな事は、もう許して下さい」
「こんな事?俺のした事と、美雪がした事とではどちらが酷い事だ?美雪は自分の性欲の為に、俺の30年を無駄にしたのだぞ。やめてやるから俺の30年を返せ。美雪の様な淫乱な女と関わった、俺の30年を返せ」
これを言われては、妻は何も言えません。
「そうだ。いっそうの事、本当の売春で稼いでくれないか?熟女の派遣をしているところもあると聞いたぞ。それがいい。美雪は大好きなセックスが出来て、俺はその金で遊べる」
妻は涙を流しながら、私の目をじっと見詰めました。
「離婚、離婚して下さい」
私は耳を疑いました。
妻の口から、離婚の二文字が出るとは思っていませんでした。
「財産分与も何もいりません。慰謝料も分割で払っていきます。お願いですから離婚して下さい」
私は慌てました。
私は2人に騙されて、近藤に負けたまま終わるのが嫌だったのです。
近藤に負けた男と妻に思われるのが嫌で、近藤を騙す事で私の方が上なのだと、少しでも思わせたかっただけなのです。
「子供達にも離婚理由を話すぞ」
「自業自得ですから仕方ありません。蔑まれても仕方のない、私は情け無い母親です」
子供で脅しても駄目な事から、妻の決心は固そうです。
「俺に責められて暮らすのが嫌になったか。結局、最初から償いなどする気は無かったか」
「責められるのは仕方ないです。私は殺されても何も言えない様な裏切りをしたから」
妻は胸の内を話しました。
実家で今までの事を書いていて、どれだけ自分が酷い人間か、どれだけ近藤が裏表のある人間か、はっきり分かったと言います。
しかし近藤と電話で話し、甘い言葉を並べられて復縁を迫られると、口では厳しく非難していても、悪い気はしなかったのです。
電話を切ってからその様な自分の気持ちに気付き、激しい自己嫌悪に陥って、会ってはっきりと断わる決心をしました。
「酷い男と分かっても、嫌いにはなれないという事か?」
「嫌いです。自業自得だけれど、今では彼を怨んでいます」
妻は近藤と会って、二度と付き纏うなときつく抗議しました。
しかし知らぬ内に、一番新しい、一番色っぽい下着を着けていた事を、私に指摘されて気付きます。
「抱かれる事も想定して、あの下着を着けて行ったのか?」
「二度とあなたを裏切るつもりは無かった。彼と関係を持つなんて考えてもいなかった。でもあなたに言われて思い出したの。あの日、無意識の内に一度着けた下着をわざわざ脱いで、あの下着に穿き替えた事を」
「遠回しに言っているが、結局会って抱かれたかったのだろ。お前はセックスで気持ち良くさえしてくれる男なら、どの様な男でもいいんだ。離婚してやる」
離婚すると言ってしまい、しまったと思いましたが今更撤回も出来ず、そのままの勢いで妻の名前の書かれた離婚届を持ってくると、書き掛けてあった私の欄に署名捺印して、妻の目の前に叩きつけてしまいました。
「これはお前が役所に行った時に出しておけ。これで俺も楽になった」
「あなた、ごめんなさい。こんな妻でごめんなさい。長い間ありがとう」
「何がありがとうだ。そんな気持ちも無いくせに。これで近藤に抱いてもらえると、腹の中では舌を出しているのだろ?慰謝料は500万。分割でいいから必ず払え」
私は苦し紛れに、お金で思い止まらせようとしましたが、妻は何も言わずに頷きます。
「ごめんなさい。あなたの人生を無茶苦茶にして、ごめんなさい。ごめんなさい」
妻は何度も何度も謝りながら、玄関まで歩いて行ってしまいます。
「始発のバスまでいればいい。最後の情けだ」
私は引き止める良い方法が浮かばずに、時間稼ぎをしようとしていましたが、妻は靴を履いてしまいました。
「ありがとう。歩ける所まで歩いて行きます。本当にごめんなさい。謝っても許してもらえないだろうけど、ごめんなさい」
妻が出て行くと、情け無い事に涙が出てきました。
これが30年間いつも隣に寄り添っていた妻との別れだと思うと、声を出して泣きました。
今なら間に合うかも知れないと思いましたが、引き止めたところで妻を許す自信もありません。
許すのも辛く、別れるのも辛い。
結局私は動く事が出来ませんでした。
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