桐 11/10(土) 17:09:43 No.20071110170943 削除
隆一は驚いて有川の顔を見る。有川は深刻そうな表情を崩さず隆一をじっと見つめ返している。
「冗談を言っている訳ではない」
有川は続ける。
「解離性同一性障害には基本人格と呼ばれる元からの人格と、後で生じたいくつかの人格がある。よく二重人格という言葉があるが、この症状で人格が二つしかないのはむしろ珍しいらしい。また主に発現するものを主人格、それ以外を交代人格というが、麻里の場合は基本人格が主人格になっている」
「交代人格のうち最も多く発現し、一時的には主人格をしのぐほどのものがある。麻里のそれは自分ではマリアと名乗っている。主人格の麻里は純情で慎み深く、性に対しては臆病だ。一方交代人格のマリアの方は奔放で、麻里とは対照的な性格だ」
「ちょっと待て、有川」
隆一が有川の言葉を妨げる。
「どうしてお前は麻里がその解離性同一性障害だということを知っている?」
「本人から聞いた」
「本人からだと?」
「ああ、学生の頃、本人に聞いたんだ。マリアからな」
有川の言葉に隆一は再び驚く。
「ずっとおかしいと思っていた。女には二面性があるというが、お前に対する麻里の態度と、俺に対する態度がまるで違う。お前を出し抜いて夜、麻里とデートしたことがあるが、翌日の朝そのことを話題に出しても、まるで覚えていないという顔をしている。そして昼間はお前に親しげにしている。俺には訳が分からなかった」
「ある夜、麻里と一緒にいた時、我慢出来なくなって問いただした。どうして昼間は俺に冷たい態度を取るのかと。すると麻里はあの大きな目を一瞬見開いて、次に笑い出した──」
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「あれは私とは別の人間。夜のことを覚えていないのは当たり前よ」
麻里は有川に向かって悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「どういう意味だ?」
「区別するために夜の私といる時はマリアと呼んでちょうだい」
「マリア……」
「聖母様の名前よ」
麻里はそこでもう一度ほほ笑んだ。
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「──最初俺は麻里、いや、マリアからからかわれているのだと思った。しかし、ずっと付き合っているうちに、マリアの言っていることは比喩でも冗談でもないことがわかった」
有川はそこでいったん言葉を切り、隆一を正面から見る。
「北山、解離性同一性障害というのは、何が原因で起こるか知っているか?」
「いや……」
隆一は首を振る。
「多くは幼少期の虐待だ。性的なものを伴うことが多い。お前に心当たりはないか」
「あ……」
隆一は麻里の父親のことを思い出す。
麻里は幼いころに母親を亡くし、ずっと父と娘の二人暮らしだった。麻里の父は暗くなよっとした男で、隆一はどちらかというと苦手なタイプだった。二人の披露宴の際も言葉は少なく、花嫁の晴れ姿を見ても無言で皮肉っぽい笑みを浮かべているような男だった。
隆一と麻里が結婚してから五年ほど後に癌で亡くなったが、その時の麻里はさほど悲しみも見せず、淡々としていたことを覚えている。
「麻里は小学校高学年から中学生くらいまで、父親から日常的に性的な悪戯をされていたんだ」
「何だって?」
隆一は耳を疑う。
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