桐 11/10(土) 17:10:51 No.20071110171051 削除
「人はあまりにもつらいことが起きると、それは自分ではなくて自分の中の他人、別の人格の身に起きているんだと思い込むことによって自分を守ろうとする。そうやって麻里の中に生まれたのがマリアだ。マリアは不道徳で、性に対してもだらしなく、父親からそんな悪戯をされても仕方がない女だ。しかし、俺はそんなマリアにどうしようもないほど恋をした」
有川の告白は続く。
「これは絶対にかなえられない恋だ。麻里の身体はほとんどの時間を主人格が支配している。交代人格のマリアが現れるのは週に二、三日ほど、それも主に夜だけだ。マリアにはそもそも一人の男を守ろうという貞操観念はないから、俺だけではなく他の男とも付き合う。それが俺には耐えられないほど苦しかった」
「誤解を恐れないで言えば、俺が好きなのはあくまでマリアであって麻里ではなかった。しかし、マリアとそっくりの女が――本人なので当たり前だが――昼間お前と親しげに話しているのを見るのもつらかった。また、清楚で貞操観念の強い主人格の麻里は、真面目な北山とお似合いなのも分かっていた」
「交代人格は主人格が出現している間も、主人格の行動を観察し、その体験を共有することが出来るらしい。逆に主人格は、交代人格が支配している間自分が何をしていたか覚えていない。麻里とお前が親しくなっていくにつれて、それを観察しているマリアに変化が生じて来た。ある時マリアが俺に、関係を終わりにしようと告げた」
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「お前まで隆一が好きになったのか」
「そうじゃないわ」
マリアは苦笑する。
「このままいったらいずれ修羅場になるわ。私、そういうのは苦手なのよ。それに交代人格は主人格があっての存在よ。隆一と結婚することが麻里の望みなら、それを叶えた上でうまくやっていくしかないのよ」
「それならこれからも俺と付き合ってくれればいいじゃないか」
「だから、そうすると修羅場になると言っているでしょう?」
マリアはくすくす笑う。
「俺と別れて、マリアはどうするんだ」
「そうね、しばらく『部屋』の中に閉じこもっているわ」
「部屋?」
「人格の中に部屋があるのよ。表に登場しない人格はそこで静かに暮らしているの。色々な仲間がいるから退屈しないわ。男だっているのよ」
有川は寂しさに胸が締め付けられそうになってマリアに尋ねる。
「もう帰ってこないのか」
「そんなことはないわよ」
マリアは優しげに笑う。
「また会いましょう、誠治。色々な男と付き合ったけれど、あなたが一番好きよ」
「隆一よりもか」
「隆一よりもよ」
マリアはそう言うと、有川に軽く接吻をした。
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「それが俺とマリアの別れになった。その後麻里はお前のプロポーズを受け入れた。お前は、俺とマリアが付き合っていたことを薄々知っていた。もちろんそれが麻里の交代人格だとは気づかなかっただろうが」
「俺がお前と麻里の結婚式の司会を引き受けたことに驚いたかもしれないが、そのこと自体は俺にとって大したことではなかった。俺はマリアを失う事で十分辛い思いをしていた。お前と結婚するのは麻里であってマリアではない」
「その後約束どおりずっとマリアは現れなかった。俺は麻里の解離性同一性障害がこういった形で治るのなら、寂しいことだがそれはそれでしょうがないと諦めかけたころ、突然マリアが俺のところにやってきた」
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「麻里の馬鹿が職場放棄したのよ」
マリアは有川が勤めるオフィスの応接間のソファに腰をかけると、うんざりしたような声で有川に告げる。
コメント
Re: タイトルなし
いいえ、違います。
掲示板の過去ログをまとめているものです。
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