桐 11/10(土) 17:43:03 No.20071110174303 削除
「いらっしゃいませ」
バーテンダーは隆一の顔を見ると緊張した顔付きになる。
「だいぶ前に出られました。もう一時間くらいたつでしょうか」
「一時間……」
「なかなかお客が切れなくて、連絡が少し遅れました。すみません」
「いや、いいんだ。ありがとう」
隆一は1万円札をバーテンダーに握らせると店を出る。有川が後から続く。路上でタクシーを止め、麻里のマンションに向かう。
「マリアがこの店で会っている男たちに心当たりはないか?」
「いや、知らないな。俺がマリアに会うのはもっぱら休日だ。それにここのところ、会ったのはK温泉くらいだ」
「有川」
「なんだ?」
「本当のことを言ってくれ。俺がK温泉で会ったのは麻里とマリアのどっちだ」
有川はしばらくためらっていたがやがて口を開く。
「あれは……麻里だ」
「それなら露天風呂では、麻里を俺の前で抱いたのか?」
「すまん……麻里にそうしてくれと頼まれたんだ。そうすると隆一の自分に対する未練が消えて、江美子さんと仲良くやっていけると」
「麻里が……そんな……」
隆一は胸が衝かれるような思いになる。
「理穂ちゃんのためでもある。理穂ちゃんを江美子さんに託そうとしたんだ。マリアはそんな優しい麻里が歯痒かったんだろうな」
タクシーは麻里のマンションにつく。隆一は料金を払い、車を降りてエントランスへ向かう。
「俺が鍵を持っている」
有川がオートロックを解錠する。
「806号だ」
隆一と有川はエレベーターに乗り込む。麻里のマンションに到着し、有川がドアのロックを開ける。
「マリア、いるか」
有川はマリアの名を呼びながら部屋に入り、隆一がその後に続く。リビングに入るとしどけない下着姿の麻里――マリアがソファに横座りになっていた。
「あら、誠治じゃない」
「無事だったのか」
「なんとかね。でも間一髪だったわ。あの馬鹿女、K温泉の吊り橋の上から飛び降りようとしたのよ。交代人格の私が部屋から飛び出すのが遅ければ、岩場へ真っ逆さまだったわ」
マリアはそう言うと苦笑する。
「でも、落ちる寸前に気を失っちゃったのよ。あの女、いつも詰めが甘いんだから。必死でロープにしがみついたけれど、おかげでこのざまよ」
マリアは有川に向かって広げた手を見せる。そこには無数の擦り傷があった。
「身体もあちこち打撲があって……でも、ちょうど温泉にいたのでいい湯治になったわ。麻里を部屋の中に押し込めるのにも時間がかかって、今日ようやくこっちへ戻ってきたところよ」
マリアはそう言うと、隆一のほうを見て微笑む。
「隆一も久し振りね。いえ、この前渋谷のバーであったかしら」
「気づいていたのか」
「あんな下手糞な変装。気づかない方がおかしいわよ。何年の付き合いだと思っているの」
マリアはくすくす笑う。
コメント
コメントの投稿
トラックバック
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)