桐 11/10(土) 17:44:05 No.20071110174405 削除
「私が医者から処方されているものや、『A』のお客からもらったものを少しね。ほら、隆一も横浜で会ったそうじゃない?」
隆一は横浜駅近くで江美子にからみ、また月曜の夜にバー「A」で見かけた中年男の顔を思い出す。
「江美子、しっかりしろ」
「あなた……」
隆一が抱き起こすと、江美子は惚けたような顔で隆一を見る。
「麻里さんに教えてもらっていたの……どうやったらあなたの好みの女になれるか」
「江美子……こんなことをやる必要はないんだ」
「あなた……隆一さん……まだ麻里さんのことが好きなんでしょう……」
江美子は潤んだ瞳を隆一に向ける。隆一は言葉を失い、江美子を見つめ返す。
「分かっていたわ……私、ずっと……K温泉であなたが麻里さんのことを見る目……それを見て以来……」
「それは……」
「私、怖かった……いつかあなたが麻里さんのところへ帰っていくんじゃないかと……あなたを失うのが嫌だったの……だから私は……」
江美子はもどかしげに裸身を隆一に押し付ける。
「……ああ、あなた……不倫女の江美子をお仕置きして……」
江美子はそう言うと隆一の腕の中で崩れ落ちるように気を失った。
「江美子、江美子、しっかりするんだ」
隆一は江美子を抱きしめ、声をかける。マリアはそんな二人の様子を皮肉っぽく眺めていたが、やがて口を開く。
「もうちょっとで淫乱女の完成だったんだけれど……惜しいことをしたわ」
「麻里、いや、マリア……お前は……」
「あら、怖い顔ね。隆一」
マリアはくすくす笑う。
「私をマリアと呼ぶということは、誠治から解離性人格症候群のことを聞いたのね」
「なぜこんなことを……」
「偉そうなことを言っても、隆一が結局淫らな娼婦のような女、つまり私のような女が好きだからよ」
「なんだと」
隆一はそこにいるのが麻里の交代人格であることも忘れ、かっと頭に血がのぼる。
「俺が好きなのはお前じゃない。主人格の麻里だ」
「あら、あなたと麻里との結婚生活の間、私が一度も部屋から出なかったとでも思っているの?」
マリアは妖艶な瞳を隆一に向ける。
「私たち、何度も愛し合ったじゃない。わからないの」
隆一はマリアの言葉に愕然とする。時折昼間の清楚な姿が信じられないほど、娼婦のように淫らに振舞った麻里、それは交代人格のマリアが現れていたからだったのか。
それなら翌日になって麻里が不安そうな態度を示していたことも納得できる。麻里はマリアに交代したときに生じる記憶喪失に悩んでいたのだ。
(俺はよく、セックスの最中はあんなに乱れていたのに突然我に返ったように恥ずかしそうにする麻里をからかった。それが麻里をたまらなく不安にさせていたのか)
隆一の顔色が変わったのを認めたマリアは、勝ち誇ったように続ける。
「隆一には私のような女が必要なのよ。だけど、たまにするセックスの相手が隆一だけなんて生活、もうたくさんだわ。だからその役割をここにいる江美子に代わってもらおうと思ったのよ。江美子は隆一のためなら何でもするみたいだし、私の代わりにはぴったりだわ」
「そして私も解放される。麻里が隆一と結婚している間、私はずっと部屋の中で息を潜めていなければならなかった。もちろん自分でそうしようと決めたことだけれど、無理は続かないわ。結局私は外へ出てきてしまった」
マリアは低い声で話し続ける。
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