桐 11/10(土) 17:45:10 No.20071110174510 削除
「そんな勝手なことが許されるのか」
「何が勝手なの?」
隆一の言葉にマリアは気色ばむ。
「いい? あの男に組み伏せられているとき、麻里はずっと部屋の中で隠れていたのよ。私があの男から代わりに犯されたの。毎日、毎日、来る日も、来る日も、私は麻里に代わって痛み、苦しみ、恐怖、そして屈辱を引き受けた……」
「……」
「そのおかげで麻里には、そのときの辛い記憶はない。でも、これ以上犠牲になるのはごめんだわ。私は麻里と一緒に心中するつもりはないわ。隆一と別れたこと、理穂と離れ離れにならなかったこと、それがどうだって言うのよ。私が受けたのとは比べものにならない程度の苦しみで、私を道連れにしようだなんて、その方が勝手じゃないの?」
隆一は返す言葉を失い、マリアを見つめている。
「結局私と麻里の人格を統合することに無理があるのよ。私は私、麻里は麻里で自由に生きればいいのよ」
そう言い放ったマリアは急に頭を抑え、「ううっ!」と悲鳴を上げる。
「どうした、マリア」
有川が駆け寄ろうとすると、マリアは金切り声を上げる。
「出てこないでっ!」
「マリア!」
マリアの悲鳴のような声は、有川に対するものではない。
「そんなことはさせないわっ!」
隆一は呆然として激しく苦しむマリアを見つめている。
「人格交代だ」
有川が呟く。苦悶するマリアは黒髪をかきむしる。サブリナカットのウィッグが頭から剥がれ落ち、ウェーブのかかった栗色の髪が姿を現す。やがてマリアは一声、獣のような悲鳴を発し、はあ、はあと荒い息を吐きながら顔を上げ、隆一を見るが、その顔つきはそれまでとは一変している。
「隆一さん……」
険しさの消えたその顔は麻里のものだった。
「隆一さん、私……」
麻里は不安げに辺りを見回す。素っ裸のまま横たわっている江美子の姿を認めた麻里は、驚愕に目を見開く。
「私、何てことを……」
麻里はそこで、マリアが江美子に対して何をしたのかを悟る。麻里は悲鳴をあげると立ち上がり、発作的にキッチンへ駆け込む。
「麻里っ!」
隆一が麻里の後を追う。麻里は食器棚の引出しから包丁を取り出すと、自分の手首に当てようとする。
「やめろっ!」
隆一は必死で麻里を押さえ込み、包丁を奪おうとする。
「死なせてっ! 隆一さんっ」
「馬鹿なことをするなっ。理穂が悲しんでもいいのかっ」
「理穂……」
麻里の力が抜け、包丁が手から落ちる。麻里はわっと声をあげて泣き出し、隆一の胸にしがみつく。
「あなた……隆一さん……ごめんなさい、ごめんなさい」
「麻里……」
隆一は麻里の背中に手を回すと、ぐっと抱き寄せた。
「俺こそすまなかった……お前の苦しみを何も知らないで……」
「隆一さん……」
「自殺なんか絶対に駄目だ。理穂が悲しむ……それに……」
隆一はいったん言葉を切り、麻里を見つめる。
「俺も悲しいんだ。死なないでくれ、麻里」
「ああ……」
いつまでも隆一の胸の中ですすり泣いている麻里の姿を、有川が少し離れたところでじっと眺めていた。
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