桐 11/10(土) 17:45:41 No.20071110174541 削除
「今日はクリスマスイブだからお休みなの?」
「馬鹿だな、振替休日だ」
「パパは冗談が通じないんだから」
理穂は昨日横浜で、江美子と一緒に選んだばかりの大人っぽいワンピースを身につけ、玄関でこれも新しいブーツに必死で足を入れながらはしゃいでいる。隆一はツイードのジャケットにパンツという姿である。
「理穂ちゃん、これ、忘れちゃ駄目よ」
江美子は理穂に白い紙袋を手渡す。理穂がはにかみながらその小さな紙袋を江美子から受け取る。そこには麻里に対するプレゼント──江美子に贈ったものと同じマフラーが入っている。
「江美子さん……ごめんなさい」
「気にしないで、久しぶりの家族三人のイブを楽しんできて」
「それだけじゃなくて……」
理穂は江美子を真剣な目で見つめる。
「いいのよ、理穂ちゃん」
理穂は決して江美子を疎んじていたわけではなかった。むしろ江美子の中に母、麻里の面影を認め、ずっと惹かれていたのだ。しかし、心のままに江美子に甘えることが母親に対する裏切りのように思えて、理穂は素直になれなかったのである。
理穂は自分のブログに、江美子に対する愛憎半ばした気持ちを書き連ねていた。理穂は、それが麻里の交代人格であるマリアに利用されたことまでは気づいていない。
麻里の解離性人格症候群については、隆一は理穂に対してゆっくり時間をかけて説明していくつもりらしい。
マリアが受けた精神的外傷をどうやって癒していくのか、そして麻里の解離性人格症候群をどうやって治療していくのか。解決しなければいけない問題はたくさん残っている。有川との不倫が「麻里」の罪ではなかったことが分かった今、これから隆一はそれらの問題にどうやって臨んでいくのか。
とりあえず隆一は、これから月一回、麻里が隆一の同席の上で理穂と面会することについての許可を江美子に求めた。
「もちろんかまいません、隆一さん」
江美子は隆一にきっぱりと頷く
「江美子、すまない……」
「いいんです」
江美子は隆一に微笑みかける。
「私こそ馬鹿なことをしてごめんなさい」
「いや、江美子が悪いんじゃない。江美子はむしろ被害者だ。俺がぼんやりしていたばかりに、すっかり巻き込んでしまった」
「麻里さんは隆一さんを裏切っていなかったんですね」
「ああ」
「やっぱり、隆一さんが選んだ人です。それに引き換え私は……」
江美子は俯くと声を震わせる。
「……醜い不倫女です。隆一さんの妻にはふさわしくありません」
「馬鹿な、そんなことはない」
隆一は首を振る。
「いいんです。隆一さんの心の中に麻里さんが住んでいても……でも、二番目で構いませんから、私も隆一さんの妻でいさせてください」
「俺の妻は江美子一人だ」
「いいじゃないですか」
江美子は顔を上げて微笑む。大きな黒い瞳は涙で濡れている。
「妻が二人いたって……隆一さんは贅沢者ですわ」
そう言うと江美子は隆一にキスをした。
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