弱い男 7/23(日) 15:53:34 No.20060723155334
義母は、このままでは妻が精神的に病んでしまうのではないかと心配しています。
「少しは楽になれるかも知れないから、一度心療内科の先生に看てもらおうと言ったら、このまま壊れてしまいたいと言って、絶対に行こうとしないの」
義母と義父は、離婚されるのは仕方なくても、妻が壊れてしまわないように助けて欲しいと言いますが、久し振りに会った私には、妻は既に壊れてしまっているように見えました。
「美雪」
後ろに行って優しく話し掛けましたが、妻はアルバムを見詰めたまま振り向きもしません。
「美雪!」
ようやく振り向いた妻の目には、見る見る涙が溜まっていき、それが毀れるのと同時に私に抱き付いて来ました。
「あなた!」
ドアの所では、妻が泣いて感情を表してくれたと言って、義母がまた泣いています。
「俺にもその写真を見せてくれ」
それは一冊のアルバムで、どのページでも妻と私は寄り添い、笑っていました。
「これは、初めてドライブした時の。これは、2人で海に行った時の」
妻は涙を流しながら、嬉しそうに説明します。
おそらく毎日このアルバムを見ながら、この頃に戻りたいと思っていたのでしょう。
「説明してくれなくても、全部覚えているさ」
「ほんと?」
妻の笑顔を見たのは久し振りです。
私もこの頃に戻りたいと思いましたが、妻の嫌なメスの部分を見てしまった事が、すぐには頭から離れません。
この時私は、強くなりたいと思いました。
妻の寄り道など、笑い飛ばせる男になりたいと思いました。
「これも覚えている?」
「当たり前だ。それは遊園地での写真で、この時初めて美雪にキスを」
「覚えていてくれてありがとう。この時観覧車に乗って一番上に着いた時、あなたが突然キスしてきて」
妻から笑顔が消えて、また涙が毀れます。
「ねえねえ、これは?」
「これは同じ遊園地だが、美雪にプロポーズした時のだ」
「この時も観覧車に乗って一番上で。この時私のお腹の中には」
妻は啜り泣きを始めましたが、後ろで義母が大きな声で泣き出したので、妻の泣き声は掻き消されてしまって聞こえません。
私も涙が毀れてしまいそうになったので、トイレに行くと言って廊下に出ると、いつからいたのか義父が真っ赤な目をして立っています。
私はトイレで考えていましたが、やはり妻は普通ではないと感じました。
妻がこのようになったのは、自業自得だけだとは言い切れません。
妻は罰を受けただけだとは言い切れないのです。
あの時私は壊れかけていました。
妻に暴力を振るう事が平気になり、犯罪行為までしてしまった私は、既に壊れていたのかも知れません。
確かに妻に出て行かれた後は、食欲も無くて辛く寂しい思いをしましたが、妻といた時は常に興奮状態で、あのままの状態ではエスカレートする一方だったでしょう。
妻がそれを分かっていたとすれば。
妻は私にどの様に責められても、塞ぎ込む事はあってもこの様な状態にまではならなかったでしょう。
妻にとって私と別れる事が一番辛く、そうなれば自分が壊れてしまうのを知っていたとすれば、妻は自分を犠牲にして、私が壊れてしまわない道を選んだ事になります。
そして妻は壊れてしまった。
いいえ、壊れてしまって自分で無くなってしまった方が、楽だと思ったのかも知れません。
もしもそうなら、妻を治さなければ。
いまなら、まだ間に合う。
私なら治せる。
これは近藤では決して治せない。
いいえ、どんな名医でも治せないかも知れない。
妻を治せるのは、この世で私だけだと思いました。
「美雪、遊園地に行こう」
「遊園地?」
土曜の午後、子供連れや若いカップルしか乗っていない観覧車に、場違いな親父とおばさんが乗っていました。
「懐かしい」
「ここから、やり直すか?」
「えっ?」
「美雪を許した訳では無い。一生許せないかも知れない。でも、許す努力はしてみたいと思った。美雪はどうだ?」
「あなた!」
妻は私に抱き付こうとましたが、ゴンドラが揺れてバランスを崩したので、妻を受け止めた私が抱き締めていました。
「美雪。どうして慰謝料を1万円だけ振り込んだ?毎月1万円だと、40年以上掛かるぞ」
「分からない。ただ、ずっとあなたに関わっていたかったのかも知れない。酷い妻だったけれど、ずっとあなたに覚えていて欲しかったのかも知れない」
私の決断が正しかったかどうかは、まだ先にならないと分かりません。
この事で、私も妻も更に苦しむ時が来るのかも知れません。
ただ、理屈ではなくて、妻とは離れられない運命を感じます。
この様な妻も私の好きだった妻の一部だと、受け止めようと思った時、私は長い悪夢から醒めました。
これらは全て、私が妻と同時に見た、夢の中の話です。
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