BJ 8/2(水) 01:13:04 No.20060802011304 削除
「俺は昨夜の瑞希を見ていて、すごく哀しかった」
「・・・・・・・・」
「自分で最初に裏切っておいて何を言うかと思うかもしれないが、そうだったんだ。赤嶺の言うとおり、俺は瑞希のことを自分の思い通りになる女だと傲慢に思っていたのかもしれない。いや、そう思っていなければ、今度のことなんて初めから計画しないだろう。それでいて赤嶺に奪われる瑞希を見て、とても辛かった。口惜しくてしょうがなかった」
「・・・・・・・・」
「でも・・・赤嶺に抱かれて、ありのままの姿を剥きだしにしている瑞希を見て、俺は切なく思うと同時に、凄く興奮したんだ。それまで俺の知らなかった瑞希は、こんなにも蟲惑的だったのかと思った。さっき瑞希は自分という女が分からない、と言ったが、俺だって自分のことなんて分からない。瑞希を心の底から愛しているのに、他人に抱かせようとする自分。そして実際にその場面を目の当たりにしてたまらなく苦しいのに、興奮してしまう自分。俺はそんな矛盾に満ちた存在なんだ。こんな言い方は卑怯かもしれないが、個人差はあれど、人間なんて皆そういったものかもしれないとも思うよ。でもたいていの人間は、内面に抱え込んだ矛盾をあからさまにしてしまうと自分や周囲の人間を壊してしまうかもしれないと分かっているから、強いきっかけでもないかぎり、自分自身で定めた境界線から決して出ようとはしないだけだ」
「その境界線から出てしまった人間はどうなるんでしょうか」
妻はぽつりと呟くように言いました。
「私たちは・・・これからどうなるんでしょうか」
それは妻にとっても、私にとっても胸をえぐられるような問いかけでした。
「・・・分からない」
最後まで卑怯な私はそんな言葉を返すことしか出来ませんでしたが、そのかわりに震えている妻の肩を強く抱き寄せました。ありったけの想いをこめて。
妻の嗚咽を胸で聞きながら、私は窓越しに移り変わっていく外の景色を見つめます。
季節は夏。
私たちを乗せた電車は美しい緑の山々の間を縫うように、ゆっくりと走っていきました。
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