KYO 5/14(日) 18:45:47 No.20060514184547 削除
なんとなく下田に行動を読まれているような気がして私は引っ掛か
りましたが、里美という女への興味がそれに勝ります。
「何の本を読んでいたの?」
「これ? 藤沢周平よ『隠し剣秋風抄』」
「へえ……」
藤沢周平は私が大好きな作家の一人ですが、ジャンルは時代小説で、
里美のような若い女が読むのは珍しく感じました。
「確か今度映画化するんだよね」
「映画には興味がないわ。真田広之が出た最初のを見たけど、全然
面白くなかった」
「そう?」
実は私もその映画を観たのですが、同じ感想をもちました。映画と
しては悪くなかったのでしょうが、原作の時代設定を無理やり幕末
に持って行く理由が分かりませんでした。
「あれだけ原作を滅茶滅茶にすることを作者の遺族がよく許可した
と思うわ」
私はしばらくの間里美と、小説談義を続けました。話題が映画、音
楽と広がっていくうちに非常に趣味が似ていることに気づき、驚き
を新たにしました。
30分ほど話しているうちに机の上の電話がなりました。
(専務、お約束のC社の方がお見えです。応接にお通しています)
「ああ、わかった。すぐに行く」
私は電話を置くと、ログオフすることを里美に告げます。
「全然エッチなことをしなかったけど、よかったの?」
「ああ、話していて面白かった。また付き合ってよ」
「いいけど……変わっているのね。下田さんなんか最近はいきなり
脱がせに来るわよ」
「俺もそうするかも知れないよ」
「いいわよ。裸で好きな本を朗読して上げましょうか」
「考えておくよ」
私はそう言うとログオフし、里美の箱は待機中に戻りました。
C社との商談が思ったより長引き、やはり会社を出るのは遅くなり
ました。10時頃に家に着いた私を妻が迎えます。
「お帰りなさい」
「ただいま……」
妻は外出用の薄いピンクのブラウスを着て、化粧までしていました。
私は少し意外に思って妻に尋ねます。
「どこかへ出掛けていたのか?」
「いえ、今日はずっと家にいました」
「しかし、その格好は……」
「ああ、これですか」
妻は自分の姿に初めて気づいたように微笑します。
「ちょっとパソコンに向かっていたので」
「インターネットか? どうしてよそ行きの格好でやらなきゃなら
ない?」
「それは……こっちへ来てください」
私は妻に導かれてリビングに行きます。テレビの横に新しいPCと
プリンタ、CCDカメラにそしてヘッドセットが置かれていました。
私は昼間の里美のことを思い出し、一瞬妻がライブチャットのバイ
トでも始めたのではないかと思いました。
「なんだ、これは? チャットレディのバイトでも始めたのか?」
「チャットレディ? それはなんですか」
妻は首を傾げます。チャットレディについて私が説明すると思わず
妻は吹き出します。
「そんなことをするはずがないじゃないですか。これはB高校の備
品です」
「B高校の備品だって? なんでそんなものが」
そこまで言いかけた私はやっと下田の話を思い出しました。彼の会
社が開発したセキュリティ機能付のTV会議システムが、B高校に
導入されたというものです。
確かにPCや大型液晶ディスプレイの脇には、リース会社とB高校
の備品管理番号が書かれたシールが貼付されています。ようするに
B高校PTA役員会用の端末が、家に置かれたというわけです。
よく見るとPCは家庭用というよりは、ワークステーションに近い
高性能なものです。WEBカメラも量販店で1万円以下で売ってい
るようなものではなく、業務用の製品のようです。PCから伸びて
いるケーブルが見慣れないルータにつながれています。
「これは何だ?」
「ああ、光ファイバーの工事をしてもらったの」
「光ファイバーだと? 今のADSLじゃ駄目なのか?」
「全然スピードが違うって……それにこの工事費や通信費も学校が
払ってくれるのよ」
「そうなのか……」
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