KYO 6/10(土) 00:36:54 No.20060610003654 削除
そこまで考えた私は、妻が不安そうにこちらを見ているのに気づき
ました。
「どうしたのですか? あなた」
「いや、何でもない」
「お食事が進みませんか? あなたの好みじゃなかったかしら」
好みじゃない訳じゃないが、おまえの尻の中に入っていたかもしれ
ないと思うと食欲が出ない、という言葉を私は飲み込み、「そんな
ことはない」と答えます。
「会社で何かあったんですか?」
「仕事は順調だ」
「それなら……」
「たいしたことじゃない」
私はわざと微笑を浮かべました。
「風呂場での絵梨子の様子を思い出していたんだ」
「嫌だ……」
妻は頬を薄赤く染めて顔を伏せます。
(何が「嫌だ」だ。このカマトトめ)
「絵梨子にあんなテクニックがあるとは思わなかったぞ。『壷洗い』
まで知っているとはな。すぐにでも堀ノ内で稼げるんじゃないか」
「堀ノ内、って何ですか?」
「知らないのか? 川崎の有名なソープ街だ」
「知りません……あなた、どうしてそんなことに詳しいの」
妻は怒ったような表情を見せます。
「詳しい訳じゃない。常識として知っているだけだ。絵梨子こそソ
ープ嬢が使うような技をどこで身につけた? 少なくとも俺は教え
た覚えはないぞ」
私は極力怪しまれないように、冗談を言うように言います。妻は一
瞬慌てたような顔になりましたが、すぐに落ち着きを取り戻します。
「さ、さあ……知りませんわ。たぶん、映画かドラマで見たのを覚
えていたのかも」
TVドラマでそこまでの描写をする訳がありません。映画としたら
ポルノですが、私の知っている範囲では妻がそのような映画を見た
ことはありません。
「そうか。俺の知らないところで絵梨子はエッチな映画やビデオ
を見て研究していたという訳か。絵梨子もなかなか隅に置けないな」
「エッチなビデオなんて見ていませんわ。あなたと一緒にしないで」
妻はそう言って頬を膨らませます。
「悪い悪い、さっきの絵梨子があまりに素晴らしかったので、つい
からかいたくなったんだ」
私はそれ以上追求すると墓穴を掘ると感じ、その話題は切り上げま
した。
私がそれほど鈍感な人間ではないということを示して犬山たちを牽
制しつつ、かつ彼らに警戒させないというのはなかなか困難です。
いずれにしてもこのままでは家の中での私の行動は大きく制限され
てしまいます。どうやって事態を打開すればいいのか。私は頭を悩
ませました。
「あなた……」
私は妻が呼びかけているのにも気づきませんでした。
「あなた」
妻の声が大きくなり、私はようやく気がつきます。
「どうしたんですか、ぼんやりして」
「いや、何でもない。それより何か用か」
「用ということはないんですがお願いが……」
妻は言いにくそうに話し始めます。
「実は来月また、PTAの役員会の旅行があるんですが……」
「来月? 旅行は先週の週末に行ったばかりじゃないか」
私はオンライン役員会を覗いていたため、ラグビー部OB会の慰安
旅行に藤村さんと妻が無理やり参加を承諾させられたことは知って
いますが、もちろん始めて聞いたような顔をしたのは言うまでもあ
りません。
「前回のは本部の役員だけの親睦旅行で、今度のは厚生部や文化部
の役員も含めた旅行なんです。本部役員として不参加というわけに
もいかず、あなたや浩樹にはまた不自由をかけて申し訳ないんです
が、参加させていただけないでしょうか?」
「……」
こうやって妻が夫である私に嘘をつく様子、私がまんまと騙される
様子もCCDカメラを通じて他の男性役員たちに実況中継されてい
るのでしょう。私は犬山たちのとんでもない悪趣味にあきれる思い
でした。
しかし今はそんな感情を表に出すわけにはいきません。私は苦汁を
飲むような思いで「わかった、行ってこい」と妻に告げました。こ
れを見ている犬山たちは私の愚かさを笑っていることでしょう。私
の心の中に彼らに対する復讐心がめらめらと燃え上がってきました。
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