[2352] 背信1 投稿者:流石川 投稿日:2005/11/01(Tue) 01:48
肌の上を慌ただしくまさぐる男の愛撫に身を任せながら、由紀は夫の亮輔を思った。
(あなたが悪いのよ。わたしのせいじゃない……)
北海道・富良野のホテルの一室。嗅ぎ慣れない男の体臭が、今の状況をいやが上にも認識させる。これから別の男に抱かれようとしている自分を、由紀はどこか客観的な気持ちで見ていた。それでも豊かな肢体に潜む官能が、ゆっくりと確実に呼び醒まされていく。
結婚五年目、二十九歳になった由紀は雑誌のフリーランスのライター。出版社や編集プロダクションからの依頼で取材をし、原稿にまとめるのが基本だが、その美貌を評価され、モデルを兼任することもある。旅行雑誌『K』もそのひとつで、由紀は訪れた土地の名所でくつろぐ姿や、名物料理に舌鼓を打つ姿を写真に撮られ、誌面を飾る文章を書く。かれこれ三年続けている仕事だ。
全行程六泊の予定で訪れた北海道取材旅行の三日目。スタッフ全員で食事をした後、ホテルまで戻ってきたところで、編集者の川村が他聞をはばかるようにそっと囁いた。
「これから、ふたりだけで飲みに行こうよ。いいじゃないか、ね?」
川村が毎夜のように、自分を誘う隙をうかがっていることはわかっていた。断られても断られても、めげない男。だが今度は違った。由紀は黙って首を縦に振ったのである。むしろ、そんな由紀の反応に川村のほうが戸惑ったように見えた。
「じゃあ、十分後に一階のロビーで」
秘密めいた口調で告げられたときから、今夜は最後の一線を越えてしまうだろうという予感はあった。二軒目のカラオケボックス。横に腰掛けた川村の手がさりげなさを装って背中に回されるのを、醒めた意識の片隅でぼんやり受け止めていた。拒絶されないとわかると、川村はさらに腰へ、ついには太股の感触を味わうように撫で回し始めた。
午前一時過ぎ、再びホテルまで戻ってくると、川村は当然のように由紀の部屋のあるフロアまでついてきた。それほど酔ってはいないつもりなのに、エレベーターを出る頃には、由紀はいつか肩を抱きかかえられ、川村の肩に頭を預けていた。
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