[2404] 背信13 投稿者:流石川 投稿日:2005/11/20(Sun) 02:36
由紀の北海道行きを、亮輔は止めることができなかった。妻が、自分を口説こうしている男と、二人きりではないとはいえ一週間近く行動を共にする。夫として平常心でいられる道理がない。だが、彼は歯を食いしばって見送ったのである。
(いつか亮輔が、わたしから去っていってしまうのではないか)
意味のない不安から、別の男に抱かれようとしている由紀。
(束縛しようとすれば、由紀は俺から離れていってしまうに違いない)
物わかりのいい寛大な亭主を懸命に演じようとする亮輔。
出発の前に夫婦が腹を割って話し合いをしていれば、後の悲劇は防げたのかもしれない。
由紀不在の永い時間。亮輔は胸中にどす黒い疑心が広がるのをどうしようもできなかった。旅に出ている間、毎日電話で連絡を入れることが夫婦間の習慣となっていた。現地の天気、目にした風景、食事の内容などささやかな報告をするだけで、亮輔の心は満たされる。
それが三日目の晩、途絶えた。何度、自分から電話をかけようとしただろう。しかし、自身の嫉妬をさらけ出すことになりはしないか。そう思うと亮輔は、手にした受話器を戻すしかないのだった。
まんじりともせずに過ごした亮輔に、由紀からメールが届いたのは翌日の昼前だった。
「昨夜は夜も取材だったの。また連絡するね」
由紀にしては短い内容。
(なぜ、電話ではなくメールなのか)
もたげる疑問に(もう今日のロケが始まって、スタッフが周囲にいるんだろう)と自分を納得させようとするものの、
(それなら朝、ホテルの部屋から連絡すればよかったじゃないか)
と思えてきてしまう。行き着くところは、
(誰かがそばにいて、それができなかった)
という結論になってしまうのだ。
その後も由紀からの連絡はなかった。
最終日、とうとう堪えきれずにかけた電話。由紀の対応は明らかに不自然だった。
「あいつ、川村はどうした?」
久しぶりに妻の声を聞けた安堵と、それまで抱えてきた嫉妬が交錯し、ついに飛び出してしまった詰問。由紀の返事は期待通り、
「わたしを信じて」
というものでありながら、いつもの甘い気配がなかった。なおも話そうとする亮輔に、
「……じゃ、じゃあ、あなた。もう遅いから」
一方的に切られてしまった電話。不安は妄想を呼び、亮輔は孤独の中で悶絶した。
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