[2410] 背信17 投稿者:流石川 投稿日:2005/11/24(Thu) 21:37
何かが、亮輔の身体の上にあった。熱く柔らかなものだ。しばらくして、その蠢く重みが女体だと気づいた。
(……ああ……由紀……)
今宵、由紀は久しぶりに早く帰ってきてくれた。彼女の手料理を味わい、ワインを飲み、会話を楽しんだ。ほんのりと頬を赤らめた妻は以前のように饒舌で、愛らしかった。
「あのときはビックリしたわ。まだ会ったばかりなのに、あなたったら強引に誘ってくるんだもの」
思い出話に興じていると、ここ数ヵ月の悪夢など思い過ごしだったと思えてならない。安堵に酔いが重なったためか、亮輔の記憶は急速に曖昧になっていった。
そして今、夫婦の寝室で由紀が積極的に自分を求めてくれている。亮輔は感動で満たされていく思いだった。だが……どこかに違和感がある。
「ふふふ……元気なのね……」
聞き慣れない声に、現実へと引き戻された。亮輔の胸板にねっとりしたキスを降らせていた漆黒の長い髪がはねあげられ、顔があらわになる。
見知らぬ女だった。歳は由紀より二つ三つ上だろうか。切れ長の瞳に、ぽってりとした唇。透き通るような白磁の柔肌。どこか南国の香りがする由紀とは別タイプの、純和風というべき美人である。
「だ……誰なんだ……君は?」
尋ねようとして亮輔は、思うように喋れない自分に気づいた。舌だけではない。全身の神経が痺れたように歪んでいる。加えて、ベッドの四隅に手足を縛りつけられているようだ。つまり、全裸で大の字にくくられた自分に、一糸まとわぬ未知の女が絡みついているのである。
「わたし? うふふ、麻美……あなたへの贈り物の女」
そう囁くと、女は亮輔に馬乗りとなった。重たげなバストを手のひらで持ち上げ、赤子へ乳を与えるように押しつけてくる。
(……一体なぜ、こんなことが?……)
夢だと信じたい。だが、顔を包み込んでくる温かな弾力は、あまりに生々しい。
「ほら……おっぱい吸って」
拒絶したくとも、痺れた上に拘束された四肢ではままならない。呼吸路を断たれ、息苦しさについ口を開くと、ぽってりとした乳首を唇に含む結果になってしまう。
「……むむ……やめてくれ……」
ようやく言葉を発することができた。だが、身体はやはり言うことを聞きはしない。
「だめよ。今日はわたし、亮輔さんとエッチするためにきたんだから」
また女が体位を替えた。霧のかかったような意識の中、熱い吐息が下腹部へと下りていく感触だけが、陶酔感を伴いながらおぼろげに伝わってくる。
「うう……勘弁してくれ」
「ふふふ……おちんちんはこんなになってるくせに……したいんでしょ?」
舌がチロチロと亀頭を這い回る。確かに拒絶の言葉とは裏腹に、股間の逸物は猛々しく勃起していた。それが先刻、ワインに混ぜて飲まされた薬物の効果も手伝ってのことだと知らない亮輔には、恨めしい男の生理に思えた。
「……駄目だ……俺には……由紀が……」
「ふふふ……そんな義理立てしちゃって。奥さんだって、今ごろ愉しんでるわよ……」
混濁した意識に、閃光が宿った。
「……ど、どういう意味だ……」
「わたしを満足させたら、教えてあ・げ・る。だから、ねえ早くう……」
「い……厭だ。俺は誓ったんだ。由紀以外の女とは寝ないって……」
「強情ね。じゃあ、教えてあげるわ。あなた、川村って男を知ってる?」
知っているどころではない。この数ヶ月間、自分を苦しめ続けてきた名前を突然聞かされ、亮輔は絶句した。
「気づいてるかもしれないけど、奥さん、川村の女になったのよ」
「…………!」
妄想しては打ち消し、否定するそばから疑い続けてきた、妻と男の不倫関係。それをこうも明確に、しかも初対面の女から宣告されるとは…。亮輔は、果てしない闇の底へ落下していく感覚を味わった。
「それでね、他人の奥さん寝取っただけじゃ悪いから、旦那のほうも気持ちよくしてあげようって。で、わたしが寄越されたわけ」
言いながらも女の舌は蛇のように亮輔の全身を這い回る。
「今ごろ、由紀さんも川村に抱かれているはずよ。あいつったら『夫婦を同時に浮気させるダブルプレイ計画だ』なんてうそぶいてたから」
しなやかな女の指が、再び亮輔自身をしごき始めた。
(……由紀が、川村と……)
組み敷かれて凌辱されている由紀の姿を思うと、いけないと戒めながらも陰茎にますます力が漲ってくるのをどうしようもできない。
「まったく卑劣なこと考えるわよね。骨の髄まで腐った最低な男。そんなやつに関わったばかりに可哀相な由紀さん。でも、川村に一度犯されたら、もうどうにもならなくなるの。わたしも同じだから、よくわかる。あいつに『新しい女との刺激のために亭主を逆レイプしてこい』なんてメチャクチャな命令されて……。それでも逆らえずにこうやって……」
手が麻美と名乗る女の股間に導かれた。すでにそこは溢れるほどに潤っている。自由を取り戻し始めた亮輔の指は、いつしか秘芯の奥深くさまよっていた。
「うふふ。大きいわ、亮輔さん」
麻美は再び亮輔の上に跨ると狙いを定め、腰を落としていく。ツルリという感じで、亮輔の勃起は灼熱のぬめりに包まれた。
「ああ……素敵!」
「うう……俺は……信じない……くそ……信じるもんか!」
つかの間、醒めた表情になった麻美は次の瞬間、凄艶な笑みを浮かべた。
「気持ちはわかるけどね。じゃあ考えてみてよ。どうして私がこうしてここにいるのか」
「そ……それは……」
言われなくてもわかっていた。
数時間前まで隣のリビングで食事を共にし、愛らしく微笑んでいた由紀。彼女が姿を消し、麻美が寝室にいる以上、この状況を作り出す企みに由紀が加担していることは間違いない。夫が薬で眠り込んだのを見届けて打合せどおにり女を引き入れ、夫婦のベッドへ導いた。そして自分は、川村のもとへ……。
たとえ強制されて仕方なく従ったのだとしても、由紀は夫である自分ではなく、異常な計画の立案者の側についたのだ。
(……俺は……由紀に……捨てられた……)
その事実が、亮輔を完膚なきまでに打ちのめしていた。
「あっちが愉しんでるんだから、置いてけぼりにされた者同士、こっちもせいぜい愉しみましょうよ。……うんんっ……いいわ!」
きゅんと反り返る女の裸身が、由紀とダブった。憤怒、屈辱、落胆、嫉妬。あらゆる負の感情に支配され、亮輔は腰を突き上げた。
「ああ……イク、イクわ! 亮輔さん。一緒に……お願い!」
達してしまえば、かすかに残された由紀との関係をつなぎ止める絆さえ断ち切ることになる。だが、もう何もかも、どうでもよかった。亮輔は目の前でぶるぶる震える女の乳房にむしゃぶりつくと、破滅という名の秘奥に向けて突き進んでいった。
「ああっ……亮輔……麻美って呼んで!」
「……あ……麻美……麻美いっ!」
滂沱たる涙を流しながら、亮輔は絶望の中でおびただしく射精した。
<第一部 了>
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