心の隙間 3
松本 12/22(金) 20:33:05 No.20061222203305 削除
彼は入って来るなり正座して頭を下げます。
「すみませんでした。人の道に外れた事をしました。でも私達は愛し合っています。出来る限りの償いはしますが、分かれる事だけは出来ません」
この男は妻の手前もあってか、その後も堂々と愛を語り、妻に対して誠実な男を演じ続けます。
そして恋愛経験が乏しい妻は彼に愛されていると信じ切っていて、彼と並んで私に頭を下げていました。
「愛し合っている?愛していれば、何をしても許されるのか?お互いに妻や夫がある身だろ!」
「その通りです。申し訳ない事を致しました。ただ私の方はずっと離婚協議中で・・・・・」
「そうか。それなら明日にでも離婚しろ」
「そう簡単には・・・・・・・ですから・・・・妻と協議中で・・・・・・」
「協議などしなくても、全て奥さんの望む条件を飲んで離婚すればいいだろ。そのぐらいの覚悟も無しに、俺の人生を無茶苦茶にしたのか!」
「そういう・・・・物理的なものでは無くて・・・・・精神的な・・・」
「ごちゃごちゃ言っていないで、奥さんを連れて来い」
「妻は・・・・・・・・・」
「だから、すぐに離婚出来るように俺が頼んでやるから、奥さんを連れて来い」
ここまで来てしまえば、ばれてしまうのは時間の問題だと木下も分かっているはずです。
しかし彼は、妻を引きとめるためには嘘も平気でつくのです。
「あなた、ごめんなさい。どのような償いでも・・私が・・・・・」
何も知らずに、妻は彼を庇い続けます。
「どのような償いでも?そうか。それなら先に、奥さんの所に行って謝って来い!早く離婚してくれと頭を下げて来い。何も知らない奥さんは驚くぞ」
「何も知らない?」
「おい木下!自分の家庭はそのままで、久美を愛人として囲う気か!」
「何の事か・・・・・・・妻が納得さえすれば・・すぐにでも別れて・・・・」
彼は時々妻の顔を横目で見ながら、あくまでも惚ける気のようでした。
私は彼の態度に怒りを覚えて掴み掛かりましたが、妻が私の足に縋り付いて邪魔をします。
「暴力はやめてー!」
「おまえはこの男と一緒になりたいのだろ!このままでは結婚なんて出来ないぞ!こいつは離婚なんてする気は無いし、ずっと夫婦仲も良いそうだ!」
「嘘よ!だって別居していて、何度か家にも行ったもの」
「こいつの家でも抱かれたのか!」
「それは・・・・・」
「こいつの家に行ったのは、いつの事だ!最近も行ったのか!」
「それは・・・・夏ぐらいに何回か・・・・・・・」
「子供達は独立しているし、確かに奥さんも家にはいなかった。病院にいたからな」
「病院?何を言っているの?もう何年も家庭内別居状態で、夏前に奥様は家を出られたのよ」
私は報告書を出して読み上げました。
「一年ぐらい前から股関節が悪くなり、ずっと通院していたが六月に検査入院。
そのまま七月には手術を受け、リハビリを経て先月末に退院。近所の人の話しにとると、絶えず笑い声が聞こえて来る仲の良い夫婦で、休みの日は奥さんの手を引いて、仲良く散歩している姿をよく見掛けるとも書いてあるぞ」
妻が私の足を放すのと同時に、思い切り木下を殴っていました。
「久美、騙していたようで悪かった。でも私は遊びじゃなかった。それだけは信じて欲しい。別れようと思っていた時に妻が身体を壊したので、男として放ってはおけなかった。今すぐは無理でも、いつか妻と別れて・・・・・・・」
この男にとって私以外に恋愛経験の無い妻を騙す事は、赤子の手を捻る事よりも容易い事だったでしょう。
しかし今の妻は、彼の愛を少しずつ疑い始めています。
ただ、一年にも及ぶ甘い言葉と半年以上にも及ぶ身体の関係で、彼の事を全て嘘だとは認められず、心の中で自分と戦っているようでした。
「性欲だけで久美を抱きやがって!欲望だけで俺の家庭を壊しやがって!」
また私は木下の胸倉を掴みましたが、彼は私を無視して迷い始めた妻に訴えかけます。
「違う!久美、信じてくれ。私は真剣に君を愛している。確かに妻とは長年一緒にいたから情はある。でも愛してはいないし、夫婦としては終わっている。
私が愛しているのは久美だけだ」
妻は既に気付いているのでしょう。
しかし支払った代償が余りにも大きく、すぐには認められないだけなのです。
「奥さんを連れて来られないのなら、今からみんなでおまえの家に行こう。奥さんを交えて話せば全てはっきりする。離婚話など無かった事や、家庭内別居状態だったなんて嘘だった事も」
私が木下を放すと、彼は妻の方を向いて正座しました。
「正直に話す。離婚はまだ私の胸の内にあっただけで、身体を壊した妻には話していない。でも久美に対する愛は嘘じゃない。ずるい考えだったが、嘘をついてでも久美が欲しかった。それだけ久美を愛していた。嘘をついている罪悪感でずっと苦しんでいたが、その苦しみよりも、久美を手放したくない気持ちの方が大きかった」
しかし妻は彼とは目を合わさずに俯き、太腿に涙が零れ落ちます。
彼に甘い言葉を囁かれ、散々騙され続けていた妻も、ようやく性欲処理の道具にされていた事を自分に認めたのです。
「このような事をしてしまっては、ご主人とは一緒にいられないだろうから、久美の今後の生活はきちんと看させてもらう。妻の身体が完全に回復したら、すぐにでも離婚を切り出して責任を取る。私を信じて、それまではこのままで我慢して欲しい」
夫である私が目の前にいるにも拘らず、妻に対してこのまま愛人でいろと言っているのです。
木下にとって十八歳も若い妻の身体は、自分の置かれた立場も分からないほど魅力に溢れているのでしょう。
この期に及んでも別れられないほど、妻とのセックスは充実したものだったに違いありません。
しかし架空の離婚話に同情し、進んで身体を差し出して性欲の捌け口になっていた妻も、流石にこの苦しい言い逃れに騙されるほどは、馬鹿ではありませんでした。
「帰って!」
「久美・・・・・・」
「もういやー!」
「近々奥さんとも話す事になる。それと、報告書によれば仕事中に妻と会社を抜け出して、喫茶店でホテルに誘っていたらしいな。就業中に部下の人妻をホテルに誘うなんて、そのような事を許している会社の責任も大きいと思うから、そちらにも一度お邪魔する事になる」
私は出来る限り冷静に話そうとしていましたが、手は怒りで震えていました。
「慰謝料は後日文章でそれ相応の額を請求する。それと俺が殴った事だが、謝る気はないから訴えるならご自由に」
木下が帰ると妻は寝室まで走って行き、後を追うと妻はベッドに顔を伏せて泣いていましたが、私はそのような妻に追い討ちをかけます。
「返事が遅くなったが、離婚は承諾してやる。おなえのような女に大事な子供達は任せられないから俺が育てる。もう少し大きくなったら、母親はセックスに溺れて男を作って出て行ったと、俺から本当の事を教えてやるから、今は何も話さずに出て行ってくれ」
それを聞いた妻は泣き叫んでいました。
私は卑怯な男かも知れません。
妻と木下の関係が終わりそうになった事で、強く出られるようになったのです。
「それと、今まで散々世話になったから、今から久美の実家に行って離婚の報告をしてくる」
これは脅しではありませんでした。
今までは妻を失う失望感の方が大きくて、私から他の男に移っていった、気持ちの裏切りが最大の問題でした。
しかし妻の心の行き場が無くなると、急に妻と木下がしていたセックスの事が気になり出して、身体も私を裏切り続けていた事に怒りが増したのです。
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