心の隙間 7
松本 12/27(水) 20:13:45 No.20061227201345 削除
木下が妻の陰毛を剃っていない事が、妻は完全に自分のものになったという、自信の現われだと思っていました。
「ここに来るのに、今日は剃ってもらわなかったのか?」
寒さで震える妻に嫌味っぽく言うと、妻は首を激しく振ります。
「翌朝彼のマンションを抜け出して、それからはまた美雪の所で世話になっているから」
「奴とは会っていないのか?」
「毎日会社の外で私を待っているけれど、彼とはもう・・・・・・」
妻はあの夜、木下によほど酷い事をされたのでしょう。
その証拠にこの時だけ、妻の顔が険しくなりました。
「あの日俺を待たせながら、子供達まで捨てて奴を選んだおまえが、どうして奴のマンションを出た?」
「あの日、すぐに出て来たかった。彼に抱き付かれて放してもらえずに十五分経ち、三十分経つとあなたは帰ってしまったと諦めてしまって、抵抗する事もやめてしまいました」
おそらく妻は、ただ抱き付かれていただけでは無かったのでしょう。
無理やりされていても、彼に慣れ親しんだ身体は反応し始めていたのだと思います。
「それならどうして、電話してきた時にそう言わなかった?」
「最初は逃げられないように抱き付かれていたけれど、朝までの間には逃げられるチャンスは何回もあったの。でも私は逃げられなかった。正直に言うと、逃げる事なんか忘れてしまっていたの。その頃にはあなたの事も、子供達の事も頭に無かった。朝になって後悔しても、そんな私は何も言えない・・・・」
やはり妻はただ押さえ込まれていただけでは無かったようです。
彼に嬲られていて、快感から逃げる事が出来なかったのでしょう。
妻は木下に何十回と抱かれている内にそのような身体にされ、その事を誰よりもよく知っていた彼は、休ませる事無く朝まで妻に快感を与え続けていたのかも知れません。
そして妻は子供達の事を考える余裕も無いほど、激しく感じさせられていた。
「もういいから子供達の寝顔を見て来い。ちゃんと服を着ていけよ」
その夜妻が、子供部屋から出て来る事はありませんでした。
私は素直にこの家に戻って来いとは言えず、妻もここに戻って来たいとは言いません。
妻に未練があるくせに、心から許すことの出来ない私は優しい言葉は掛けられず、そのような私が許すはずがないと思っている妻は、戻りたいと泣いて縋る事も出来ずにいます。
早い段階で許す努力をしていれば、妻が二度三度と木下に抱かれる事もなかったでしょう。
妻を許せないのなら、きっぱりと諦めて新しい人生を歩む。
それが出来無いのなら無条件に許す。
そのどちらかしか無いのは分かっていても、妻を手放す事も許す事も出来ないで、私はもがき苦しんでいました。
妻は木下に会う事で私の機嫌を損ね、子供達に会えなくなるのが嫌なのか会社を辞めたようで昼間から我が家に来ていましたが、夜になって子供達が寝静まると美雪さんのアパートに帰って行きます。
私も妻に泊まっていけとは言えず、妻の後ろ姿を隠れて見送る日々が続き、そろそろ結論を出さなければと思い始めた頃、会社に美雪さんが訪ねて来ました。
「私は主人を愛していたのに浮気してしまって、主人を凄く傷つけちゃった。主人は再婚しちゃったようだけれど私の中では整理がつかなくて、もう三年も経つのに未だに懺悔の日々」
彼女は妻の事については何も話しませんが、妻にそうなって欲しくないと言っているようでした。
「主人を凄く愛していたのに、どうしてあんな事をしてしまったのだろう。主人の仕事が忙しくて構ってもらえずに、少し寂しかっただけなのに。浮気がばれた時も、男に抱かれたかったなんて言えないから、彼を愛しているなんて言ってしまって。本当に馬鹿みたいでしょ?」
彼女はそれだけ言うと帰って行きました。
ここのところ好きな音楽も聴く余裕のなかった私は、その日家に帰るとカセットデッキにテープを放り込みましたが、選んだのは高校の時に妻とよく聴いたグループのカセットテープでした。
♪ ああ だから今夜だけは 君を抱いていたい ♪
私の脳裏に高校生の時の、可愛いかった妻の姿が甦ります。
あの頃の私は、妻の事が無条件で好きでした。
妻が何をしたとか、妻が何を言ったとか、その様な事はどうでも良い事で、ただ妻が好きでした。
キスをしたいのにその勇気も無く、一緒に帰る時に手も繋げずにいたのに、それでも十分過ぎるほど幸せでした。
あの時妻が処女でなかったら付き合わなかっただろうか?
そのような事は有り得ません。
妻が浮気心を出して私を裏切ったとしたら、妻と別れていただろうか?
その様な事は有り得ません。
また私の方を振り向いてくれるように、必死に努力したでしょう。
私は声を出して泣きました。
それが妻に聞こえないように、カセットデッキのボリュームを上げて。
「私は今まで何をしていたのだろう。あなたに愛されていただけで、凄く幸せだったのに」
振り向くといつの間に入って来たのか、子供部屋にいたはずの妻が泣いています。
「あなた、ごめんなさい。あなた、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
ドラマならここで妻に駆け寄って、抱き締めてキスをするのかも知れません。
しかし私には出来ませんでした。
「この事は一生忘れない。一生怨んでやる。一生虐めぬいてやる。それでも良ければ戻って来い」
「一生許してもらえなくて当然です。一生償って生きていきます。ですから、あなたの側にいさせて下さい」
あれから十数年。
私は未だに木下の夢を見る事があり、妻はその度に謝り続けます。
テレビなどで芸能人の不倫の話が出るだけでも不機嫌になり、そのような夜はつい妻を責めてしまい、やはり妻は謝り続けます。
妻はあれ以来、子供達と以外一度も遊びに出た事が無く、旅行も家族旅行以外は一度も行った事がないのです。
これは私が行かせない訳では無いのですが、おそらく私に疑われるような事は、一切したくないのでしょう。
この様な人生で幸せかと聞いた事がありますが、妻は私に責められる度に、愛されている事を実感出来ると言います。
言葉で責めた夜は決まって妻の身体も激しく虐めてしまいますが、妻はその行為すらも、私の愛を実感出来る瞬間だと言います。
私は死ぬまでに妻を許す事が出切るだろうかと考えた事がありますが、妻は許してくれない方が良いと言うので許さない事にしました。
妻が言うには、許してもらえない限り一緒にいられると。
私が妻を許さない限り、捨てられる事はないと。
一生側にいて償って行くから、決して許さないで欲しいと、今も訳の分からない事を言い続けています。
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