[1320] 贖罪16 投稿者:逆瀬川健一 投稿日:2002/01/12(Sat) 23:38
【#16 翻弄】
自宅に帰り着いたとき、すでに暦は変わっていた。
名神高速の途中で降りはじめた雨は次第にその強さを増している。
締め切った室内にこもった梅雨時独得の湿り気に、気分が滅入りそうだった。エアコンを除湿にして、ソファに座り込んだ。いや、へたり込んだと言ったほうがよいかもしれない。
冷気を含んだ乾いた空気の中でだらだらと服を脱ぎ、パジャマに着替えた。
スコッチは胃の腑にたまったままだ。私はキッチンで湯を沸かし、焼酎の湯割りを作った。こいつを流し込めば、ウイスキーだって活性化するだろう。
とにかく、今は酔いたかった。体を貫いたままの緊張感をほぐさねば、考えだってまとまらない。
湯割りの一気呑みの効果はてきめんだった。
五臓六腑にしみわたるとは、このことだ。毛細血管の隅々まで新鮮な血流が届き、体が温もった。同時に、頭はどんどん冴えてくる。
Sとの対面。入れ墨男の衝撃。巧妙にコントロールされた輪姦。Sの性哲学。そして、私の同意のもとで妻に加えられた針責め。
今夜、京都のマンションの一室で眼にし、耳にしたあらゆるシーンが奔流のように脳裡に立ち現れては消えた。
かすかな震えが取りついていた。
妻を私設秘書にと請われて、私たち夫婦が行き着く先を見てみたいからと快諾したのは、強がりだったのか。いい格好がしたくてあんなことを言ってしまったのか?
私はくじけそうな心を見つめて自問した。
答えは否だった。
Sの性哲学に感銘を受ける以前から、私はそれを願っていたではないか。
平凡な主婦で終わるはずだった妻が、意に添わぬ性交を受け入れたことをきっかけに、非凡な経験を積み重ね、性の地獄を覗いてしまった。責任の一端は、Fと密約を交わした私にもある。だが、妻は自分が堕ちたセックスの闇から眼を背けることはしなかった。
ということは、Sの言葉どおり、妻はある資質に恵まれているに違いない。
死の恐怖を甘い悦楽に昇華できるという、恐るべき資質に。
性的な面で私をはるかに凌ぐ妻に対して嫉妬が湧いた。
夫婦合意のうえで性の世界を渉猟しているのではないだけに、私は劣等感に打ちのめされてもいた。
一線を踏み越えたと言っても、私がやったことは初老のSMマニアのペニスを咥えたことくらいだ。それも芝居がかった状況で、興奮に衝き動かされて。
だが、妻は違う。
予備知識もなく、心の準備もできないままで、見知らぬ男や女に体を開かざるをえないのだ。
それには、覚悟と勇気が必要だ。そう、私の仕事になぞらえると、飛び込み営業の状況そのものだ。出たとこ勝負だと腹をくくらなくてはならない。
いや、ずいぶん違う。
飛び込み営業には、駄目で元々という心理的な逃げ道があるが、妻にそんな甘えは許されてはいない。すべてを現場で受け入れなくてはならないのだ。
妻を一瞬でも妬んだ私は、自分の幼稚さを恥じた。
この境遇を妻が求めたわけではない。途中からは、私が仕組んだのだ。あまつさえ、Sの調教計画に差し出してしまった。もし、妻の肉体や精神が破壊されるという最悪のシナリオが待っていたら……。
(何を考えとるんや、おれは!)
私は頭を振って、不吉な連想を追い払った。アルコールが脳を痺れさせているのだろうか。
(S先生がそんな無責任なことするわけないやろ……)
Sという人物を見込んだ自分の眼力を信じるしかないことを、私は悟った。
ふと、掛け時計に眼をやった。午前三時を回っていた。三時間ちかく自問自答していたことになる。
湯割りのお代わりを作り、書斎のパソコンの前に座った。
メーラーを起動した。Sはじっくりと調教のプロセスを味わっているはずだ。例の「調教記録」とやらをしたためている余裕などないだろう。
期待はするな、と自分に言い聞かせながら、ダイヤルアップを実行した。
メールサーバが受信メールを送りはじめた。
私の眼はディスプレイに釘付けになった。
六通の新着メールが送られてきている。タイムスタンプは、ほぼ三十分おきににメールが送信されていたことを示している。
フリーメールで、妻のファーストネームが発信元になっていた。
添付ファイルはない。
(映像は無いんか?)
私は首を傾げた。
最初のメールは午前一時ちょうどに発信されていた。
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「調教記録その2-a」
先程は有意義な時間を持つことが出来た。感謝する。若い人の考え方を拝聴するのも新鮮で良いものだ。君の事だから、多分、これをそれほどの時間差も無く読んでくれているものと思う。
細君は、つい今し方休憩を終え、調教の次の局面に進まれ様としておられる。君も落ち着かないだろうから、こちらの様子を逐次報告して上げよう。映像を送ろうかとも思ったが、撮影等によって現場の緊張感を殺いでしまうような事にでもなれば元も子も無い。後日、ビデオを届けさせるから、今夜の所は御容赦願いたし。
現在、細君は胡座縛りをされている所だ。働き者の2人が、肌に傷を付けぬよう細心の注意を払いつつ縄を掛けている。先程の歓楽を思い出しているのか、細君の頬に心なしか赤味が差して来た様に思えるのは気のせいか・・・。
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胡座縛りがどのようなものなのか、はっきりとは知らないが、読んで字の如しなのだろう。
あの入れ墨男たちの手によって拘束されつつある妻の姿を想像すると、私のペニスは急速に硬度を増した。
マウスを動かすのももどかしく、次のメールをクリックした。
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「調教記録その2-b」
緊縛が済んだ。細君は胡座の体位で固定され、更に足首の縄留めと乳房を上下から締め上げる縄が繋がれている。つまり、胡座をかいたまま前屈した状態だ。呼吸は楽では無いし、目の前には剥き出しの己の女陰が在る。この苦痛と屈辱感が想像出来るかね。
1人が竹笞を、1人が蝋燭を持ち、細君に歩み寄った。成る程、3種の苦痛で細君を楽しませ様という趣向か。息苦しさの為、悲鳴を出す事は出来ぬ。だが、その間にも笞が肌を打ち、熱蝋が滴る。流石、私が見込んだけの事はある連中だ。相変わらず言葉嬲りが上手い。細君を追い込んで、懲罰の口実を探している。
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笞に加えて、蝋燭までも! 針責めの応急手当を受けただけの妻にとっては、あまりにも過酷な調教だ。
強制的に前屈させられて、圧迫感も急速に増しているにちがいない。そんな妻にふたたび言葉による陵辱を加えるとは……。
「耐えろ。いや、耐えんでええ。つらかったらギブアップしたらええんや。無理したらあかんで!」
ヤクザの容赦のない折檻に、ひとり全裸で立ち向かう妻の姿を思い、私はつい声に出した。
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「調教記録その2-c」
何時、この様な言葉を覚えるものか、私には想像がつかない。聞いているこちらが赤面する様な下品な言葉を細君は知っているね。君が教えたのかな。その様な下品な言葉を口にするのが余程嬉しいらしく、細君は随喜の涙を流しておられる。
いや、嬉しいのはそれだけでは無い様だ。既に背中一面に蝋の花びらが散り、脇腹や尻を笞痕が走る。芸術的なオブジェとしても通用しそうな位だ。これ程迄に肉体を彩られたのが嬉しいのだろう。声もまた素晴らしい。笞の一振り、蝋の一滴毎に漏れる嗚咽に風情がある。
勿論、細君には最新型の筒具を銜えて貰っている。無粋なモーター音が殆ど耳につかぬ程の優秀な品だ。だが、安心し給え。動作は強力無比。奥に向かって進むような細工が胴にしてあるから抜け落ちる心配は無い。先端部は断続的に膨張して最奥に刺激を送る。流石、国産品だけの事はある。これは、業界で大化けするかも知れない。
それにしても、目から涙を流しながら、女陰からは涎を流す。まあ、何と忙しく貪欲であることか、女という生き物は。
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妻に加えられる責めの数々が眼に見えるようだ。Sは、私をからかったり、経営コンサルタントならではの感想を洩らしたりと、余裕を見せつける。そこがまた憎らしくもあり、頼もしくもある。
妻は安全だ。私は、そう確信した。Sの冷静な観察眼が保たれているかぎり、限界を超える責めを受けることはないだろう。
次のメールの予想もしない文面に、私は一瞬混乱し、Sの用意周到さに唸った。
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「調教記録その2-d」
私です。あなたに断りもなく中国に行ったりしてごめんなさい。Sさんがあなたに直接説明してくださったそうですね。ちょっと気が楽になりました。
帰国したら、すぐに帰してもらえると思っていたのですが、京都で一泊することになりました。
ずいぶん不自由していると思いますが、明日には戻りますからもう一日辛抱してください。埋め合わせはきっとしますから。
私の方は元気です。北京でおいしいものを食べ過ぎて、ちょっと太ったかもしれません。あなたも、私のことは気にしないでしっかり食べてくださいね。
Sさんには、とても優しく接していただいています。
週末は、あなたと2人きりでゆっくり過ごせますように。心配をかけてごめんなさい。
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妻からのメールだった。
私に送ってやるからと、昼間にでも妻に入力させたのだろう。
あのような仕打ちを受けるとは想像すらしていない文面だ。知らぬ者には無邪気とも読める書きようだが、文章の裏側に張り付いている妻の胸の内を思うと、愛しさがこみ上げてくる。性交用秘書として中国に同行させられたことをおくびにも出さず、私の身を気づかってくれている。すべてを、私が知っているとも思わずに……。
何度も、読み返した。
そのうち、ディスプレイの文字がゆがんで見えはじめた。不覚にも、涙があふれていた。
そのとき、Sの哄笑を聴いたような気がした。
思い出せ! とSの声が言った。これが女だ、と。
美醜、善悪、優劣などの単純な価値判断がいかに愚かしいことかを女は教えてくれる。清濁併せ呑んでこそ人間。成熟の意味を知れ。
幻の声はそう語った。
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「調教記録その2-e」
細君のメッセージをお伝えした。と言うのは建前で、タイピングに疲れてしまったものだから手抜きをさせて戴いた次第。
夕食後、細君に打って貰ったものだ。なかなか健気なものではないか。どの様な視察旅行であったかは、君から問い質して戴きたい。
さて、細君は3度アクメを迎えた。高性能の淫具を嵌められているとは言え、笞と蝋涙を受け続けながら気を遣るとは・・・。
今、細君は縄を解かれて2人に口で奉仕している。矢張り本物が良いと見えて、1本を呑んでいる時も手は遊んでいない。もう1本に、袋から竿迄技巧を極めた愛撫を加えている。普通の男であれば噴出させているだろう。
おやおや、細君が2人に何か言っている。本性が甦ってきた様だ。挿入を懇願している。卑猥な言葉を駆使して、2人をその気にさせ様としている。
2人は、あの立派なモノで細君の頬を横殴りにしたりして焦らしている。もちろん、2人は細君の望みをすぐに叶える気はない。今夜の目的を達成する迄は・・・。
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(今夜の目的やて……?)
酔いが一気に醒めた。まだ、妻に対する性的な蹂躙が行われるというのか。
何度もオルガスムスを迎えさせられたあげく、針責めを受け、さらに笞と熱蝋で虐げられた妻に何をしようというのか。責めを受ける間、精神的にも痛めつけられている。このままでは、妻は壊れてしまいかねない。
――『針責めの第二段階だ』
京都のマンションを辞去しようとした私に、Sが洩らした言葉をふいに思い出した。あのときは、妻の狂乱ぶりと凄惨な光景を大画面で見せつけられて頭が混乱していた。
Sからのメールには針責めのことはいっさい記されていない。すると、今夜の目的というのは、針責めの第二段階ということか。
苦痛を快楽に昇華できるかどうかを、それによって試そうとしているのだ。
これ以上、どこに針を刺そうというのか。
もし、無茶な部位に刺し、針が折れたらどうするのか。
その答は、次のメールに記されているのだろう。タイムスタンプは午前二時四十九分。現在時刻、三時二十分。すでに針責めは行われてしまったか、最中かだ。
マウスにかぶせた右手が震える。
私は最後のメールをダブルクリックした。
申し訳ありません。長々と書いてしまったあげく、思わせぶりな形で終わってしまいました。性導師S氏の巧みな誘導に翻弄される私の感情の乱れぶりを、冗長とは思いましたが敢えて書かせていただきました。このような経験をお持ちの方には、きっとご理解いただけると信じています。では、また後日。
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