[760] 品評会12 投稿者:ミチル 投稿日:2002/09/29(Sun) 00:38
「サトルに調べさせたんですけど、紀子さんいつも買い物の前にこのコーヒーショップに寄るんですよ。今回はそこにねらいをつけました。ただ紀子さん、なかなか一筋縄ではいかないタイプなんで、ちょっと姑息な手を使わせていただきました。次ぎはこの翌日の映像です」
紀子がテーブル席に座ってコーヒーを啜っていた。そこへ伊能が現れた。
『こんにちは。昨日はどうもすみませんでした』と、伊能が頭を下げた。
『あらあ、こんにちは。こちらこそ、ちょっとぬれただけなのにクリーニング代までいただいちゃって』と紀子が愛想よく答える。
『シミになりませんでしたか?』
『いいえ、大丈夫です』
『よかったぁ』伊能がさわやかな笑顔を浮かべた。
『あのー、ここ、いいですか?』
『ええ、どうぞ』伊能が紀子と同じテーブルの斜め前の席に腰を下ろした。
『よくいらっしゃるんですか、ここ?』と伊能が訊いた。
『ええ、お買い物の前にはいつも』
その後、途切れがちに会話が進んだ。その間伊能が紀子に熱い視線を送りつづける。これを受けた紀子が何度もドギマギと視線を泳がせた。
『すみません。なんか見とれちゃって』
『えっ、あ・・・いいえ』
『あなたが、あんまり姉に似てるものですから』
『お姉さんに?』
『はい、去年、交通事故で亡くなったんですけど・・・』
『まあ・・・』
『実は昨日も、あなたの顔に見とれててあんなことになっちゃったんですよ。持っておられるトレイが目に入んなくて・・・』
『そうなの』
『あっ、すみません、余計なことしゃべっちゃって』
『いいえ、そんなことないですよ』
その後も何気ない会話がしばらく続いた後、伊能が自分の腕時計を見て、
『あ、もうこんな時間だ。それじゃ、僕はこれで』と席を立った。
『あのー』トレイをもちあげながら、伊能が言った。
『はい?』
『明日また今くらいの時間にいらっしゃいますか』
『え?あ、はい、多分来ると思います』
『よかったぁ。それじゃ、また』満面の笑みを浮かべながら伊能が立ち去った。
『どうも』と紀子が軽く会釈をした。
それから何日分かの会話の様子が映し出された。伊能の巧みなトークはここでも冴え渡った。今回は美咲の時にみせた遊び人風のホストトークが影を潜め、どこか朴訥な感じを残した、非常にさわやかなトークを展開した。“純情無垢な四十女”を前にして、淫獣の牙をひた隠しにしながら、伊能がまさにこれ以上は無いほどの真面目な好青年を演じていた。
最初Tシャツにパンツ姿という、いたってラフなものであった紀子の装いが、日を追うにつれ、よりエレガントなものへと変わっていく。化粧や髪型にもはっきりと変化が見られ、若い男との束の間の逢瀬に、心ときめかせている様子がひしひしと伝わった。
『そうやって紀子さんがそこに座ってたら、なんだか姉が生き返ったみたいですよ。なんかうれしくなっちゃうな』
『そんな風に言ってもらえたら、思いきって来た甲斐がありました。それにしても豪華なお住まいですのね。うらやましいわ』
画面が変わり、紀子が美咲を狂わせた悪魔のソファに腰を下ろしていた。上は薄いグリーンのシルク地のブラウス、下は紺色のスカート。髪を後ろで束ね、アップにしていた。うなじからムッとする熟女の色気を発散させていた。ビデオが始まって三十分、ついに紀子がこの部屋に足を踏み入れた。
難攻不落の紀子城。その落城がまじかに迫っていた。
『紀子さんが来てくれるってわかってからね、サイフォン買ってきて、たてかた練習してたんですよ』
『すごい、伊能さんてマメなのね』
『いやそんなことないんですけど、紀子さんには絶対おいしいって言わせてみたくて。インターネットでコーヒー通のサイト見て、一生懸命勉強したんですから』
しばらくして、伊能がトレイにコーヒーを乗せて、画面に現れた。
『さあ、どうぞ、召し上がってください』
『どうも、ありがとう。いただきます』
『緊張するなあ』
『私の方こそ緊張するわ。こんなに気持ちのこもったコーヒーいただくのはじめてよ』
そう言って、紀子がコーヒーを一口啜った。
『おいしい!』
『ほんと!?お世辞じゃない?』
『ええ、とっても、おいしい。コクがあって、香りも最高よ』
『よかったぁ』伊能が子供のような笑顔を見せた。
その後、二人の姉弟以上、愛人未満とでもいうべき、微妙なラインの会話が続いた。伊能が例によってどんどんと相手との距離を詰めて行く。だが前回の美咲のように、やすやすと伊能の軍門に下る紀子ではなかった。会話や物理的距離を縮めようとする伊能の小さな企てを次々と巧みにはぐらかしていくのだった。
痺れを切らしたのか、いきなり伊能が行動を起こした。
コーヒーを置いた紀子の手を掴むと、すばやくその隣に移動し、
『紀子さん・・・オレ・・・』と紀子を引き寄せた。
『あっ・・・だめ・・・伊能さん・・・』
『紀子さん!オレ・・・オレ・・・毎日、紀子さんのことばっかり考えてて・・・』
と紀子をソファの背もたれに押し倒す。
『や、やめて!伊能さん、お願いだからやめて!』
足をばたつかせ、顔をのけぞらせ、紀子が激しく抵抗した。
『紀子さん、好きだよ!オレ・・・紀子さんのこと・・・好きなんだよ!』
『やめて、夫がいるのよ私!お願いやめて!』
『じゃ、どうしてここへ来たんだよ!紀子さんもオレのこと・・・!』
『だめ、こんなことしちゃ・・・、だめだったらだめ!!』そう叫んで、紀子が伊能を突き飛ばした。
『紀子さん・・・』
床に後ろ手をつき、伊能が呆然と紀子を見た。
『私、あなたに熱心に誘われて、すっごく悩んだの。人妻である私が、一人暮しの男の部屋にのこのこ出かけていってもいいのかって』 紀子がゼイゼイと肩で息をした。
『だけど、少しの間だけでもお姉さんを亡くしたあなたの傷が癒えるならと思って、お邪魔させていただくことにしたの。でもやっぱり・・・、間違いだったみたい』
『紀子さん・・・』
『男性としてあなたのことを見ていなかったって言ったらウソになるわ。今日、ひょっとしたらこんなことになるんじゃないかって思ってた』
『それじゃ、どうして・・・』
『でもやっぱりだめよ。私には夫や子供がいるんですもの。あなたとあんな風になってはいけないわ』
『それに・・・』
『それに、なに?』
『あたしね、この際だから言うけど・・・あなたが今しようとしてたようなことに、ほとんど興味がない女なの』
『興味がない?』
『ええ。お恥ずかしい話しだけど・・・、夫とも、もう一年近くご無沙汰なの』
『一年近くも・・・。でもそれは紀子さんが、もうご主人を愛していないからではないの?』
『いいえ、そんなんじゃないわ。私、主人のこと、ちゃんと愛しています。でもそれとは別なの』
『紀子さん・・・』
『私、あなたとお話するのが、毎日とっても楽しみだったわ。でも、それだけでよかったの。お話をするだけで・・・』
『・・・』
『思わせぶりな態度で、あなたに誤解をさせてしまったみたい。私が悪いの。ごめんなさい。私達、もう逢うのはよしましょう。コーヒーご馳走様でした。とてもおいしかったわ。それじゃ、私これで失礼します』と立ち上がり、スタスタと玄関に向かっていった。その紀子の背中に向かって伊能が叫んだ。
『姉さん、待って!!』
紀子が歩みを止めた。
『姉さん、行かないで!!お願いだから、も、もう・・・僕を一人にしないで!!』
伊能が駆け寄り、背中から紀子に抱きついた。
『伊能さん・・・』
『ごめん、紀子さん。もうあんなことはしない。だからもう少し、もう少しだけ、ここにいて』
そう言って、伊能が紀子の両肩を持ってなだめるようにリビングに続くダイニングの椅子に座らせようとした。
紀子が観念したように、その椅子に腰をおろした瞬間だった。
伊能が紀子の両腕を椅子の背もたれの後ろに回し、ポケットから手錠らしきものを取り出して、ガチャリとその両手にはめてしまった。
『な、なにをするの?冗談はやめて、伊能さん・・・なに?なんなの?』
紀子があっけに取られた様子で、伊能の顔を見つめた。
伊能はそれに答えず、今度は梱包用のビニール紐を取りだし、紀子の両足を椅子の両脚にくくりつけてしまった。
『これでよしっと』
『やめて!伊能さん!やめて、お願いだから!』
紀子が懸命に身体をくねらせ逃れようとした。が、身体はびくとも動かない。
『僕はね、紀子さん。セックスに興味がないなんて言う女を見るとね、どうしてもその女の本性を見てみたくなるんだよ』
『何言ってるの?!どうしちゃったの?!伊能さん!、ほどいて!やめて!大声出すわよ!』
『へへっ、生憎このマンション、防音効果抜群でね。ちょっとやそっとの声では、外には聞こえないんだよ。観念しなよ紀子さん』
『いや!ほどいて!いや~~~!!』
「伊能くん!強要はしないって言ったじゃないか!これはなんなんだ!」
堀田が伊能に噛みついた。
「まあ、見ててくださいよ堀田さん。“やめて”が“やめないで”に変わる瞬間を、じっくりとね」
「“やめて”が“やめないで”に変わる・・・ほんとに・・・紀子が・・・」
『後悔させないよ、紀子さん。今日のこの日まで、自分でさえ気づかなかったあなたの本当の姿を、女の喜びを、これから僕がたっぷりと教えてあげるから』
そう言って、伊能が椅子ごと紀子を抱え上げた。
『さあ、“特別ルーム”にご案内だ。みんなが待ってるよ』
そう言い残した後、伊能が紀子を抱えたまま画面から消えていった。だれもいなくなったリビングに、紀子の叫び声だけがこだましていた。
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