[860] 品評会18 投稿者:ミチル 投稿日:2003/01/01(Wed) 01:43
あの盆踊りの夜を境にして、響子の様子が一変した。口数がめっきりと減り、いつもの笑みが消え、なにか黒いベールで全身を覆い隠しているような、そんな正気のなさを感じさせるようになった。
「しいちゃんママ嫌い」
風呂に入れている時であった。詩織の口から突然、そんな言葉が飛び出した。
「どうしたんだい?、世界で一番好きなのはママなんだろう」
「今は、パパが一番だよ」
「そりゃうれしいなぁ。パパは絶対一番にしてくれなかったもんなぁ。でも、どうしてママのこと嫌いなの?」
「だってママ、この頃すっごくこわいんだもの」
「そうかぁ。でも、しいちゃんがお利口さんにしてたら、ママはおこんないだろ?」
「ううん」と詩織は首を振り、「このごろママずう~と怒ってるもの。昨日なんか、ほんのちょっぴりご飯こぼしただけで、ほっぺひっぱたかれたんだよ」
「ええ?!、ほんと?」
「うん、ほんと。すっごく痛かったんだから」
まさか響子が子どもに手をあげるなんて・・・。これまでの彼女では考えられないことであった。
「おまえ、詩織ぶったのか」
夕飯を終え新聞を広げながら、キッチンで洗い物をしている響子に声をかけた。
「え?、ああ、うん。あの子、このごろわがままがひどくって・・・」
「でも、なにもぶたなくてもいいだろう。しかも顔をぶったって言うじゃないか。詩織は女の子だぞ」
「女の子だって、甘やかしてばかりいちゃだめよ。たまには厳しくしないと・・・」
「それなら口で言って聞かせろよ。体罰はよくない」
「毎日、毎日、髪振り乱して子育てしてるのよ!あたしだってたまにはカッとなることだってあるわ!」
「響子・・・」
突然の響子の激昂に面食らった私は、返す言葉もなく、ただ彼女の顔を見つめていた。
「ごめんなさい・・・」と響子が俯き、呟くように言った。
「おまえこの頃ちょっと変だぞ。身体の具合でも悪いんじゃないのか?」
その原因を作っているのはきっと私だ。言いながら自分の悪党ぶりに呆れていた。
「ううん、平気よ。ちょっと疲れてるだけ・・・。えらそうなこと言ってほんとにごめんなさい・・・」
瞳に溢れんばかりの涙を溜めながら、響子がうなだれた。
「あ、ああ・・・」
“間違いない。響子はすでに伊能の手に落ちてしまっている・・・”
この一件で、はっきりとそう確信した私であったが、この数日の後、ついにそれを裏付ける決定的な出来事が起きた。
その日私は、妻の裸身を伊能への激しい嫉妬のほむらを燃やしながら組し抱き、その悦楽の余韻の中でひさかたぶりの安眠の床についていた。
夜中にふと目を覚まし、隣の床を見てみると、響子の姿がなくなっている。
“どこへいったんだろう?”
その向こう側で、詩織がスースーと寝息をたてている。
“まさか、伊能と連絡を取り合ってるんじゃ・・・?!”
疑いというよりも、直感的にそう確信した私は、その現場を盗み見たいという激しい衝動に駆られ、静かに床を這い出した。
二階に気配はなかった。ドクドクと心臓が肋骨をたたく音が響く。私は、できるだけ足音を立てないように気をつけながら、ゆっくりと階下へ向かった。
一階まであと一、ニ段というところだった。リビングから聞こえてくる妖しいうめき声に足を止めた。
「あ・・・ああん・・・あう・・・」
それは、紛れも無く響子のあのときの声であった。
“響子、おまえ・・・?!”
オナニー?
私との勤めを終えた後で、伊能とのセックスを思い出しながら、満たされない身体を自ら慰めている?!
いやテレフォンセックスか?!
携帯電話を片手に、伊能の声の愛撫を受けながら悶え狂っている?!
私は、階段に腰を下ろし、次第に高まっていく妻の喘ぎ声に聞き耳をたてながら、股間に右手を忍ばせていった。
九月も十日を過ぎたというのに、夏がぶり返したように、やけに蒸し暑い夜の出来事だった。
コメント
コメントの投稿
トラックバック
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)