[2462] 再婚男の独白<5> 投稿者:風倫 投稿日:2003/11/15(Sat) 00:41
結局その晩、私は妻に何も言い出せませんでした。情けない話ですが、北村に打たれた「離婚」という禁じ手の前に、すっかり萎縮してしまっていたのです。妻を問い詰め、北村を裁く権利があるのだと思いつつも、私は守勢に回っていました。
「どうしたの? 何か変よ」
心配そうに覗き込む妻は一段と美しい。あの電話さえなければ、誰が彼女の貞操を疑うでしょうか。しかし現実には…やるせない思いでした。背信が想像の中にあるうちは性的興奮をかき立てる材料にもなりましたが、現実だと知ってしまうと深い絶望と身を引き裂かれるような悲しみがあるだけでした。
翌日から妻の外出は、私の中ですべて北村との情事に結びつけられました。会社勤めとは違い、日によって出かける時間の異なる生活習慣が、苦悩に拍車をかけます。
「最近では、すっかり私好みの女になりました」
受話器の向こうから囁くように告げられた、忌まわしい言葉が甦ります。
(今頃、妻は北村に組み敷かれ、性奴の誓いを叫ばされているのだろうか)
彼女と離れている間、その思いが絶えず脳裏に棲みついていました。それでも人間の自衛本能とは大したものです。一方で私は、
(あれは北村の妄想だったんじゃないのか)
などと思い始めていたのです。北海道の夜について語られた、密通の証としか思えない言葉についても、どこかで自分に都合のいい解釈を探していたように思います。
北村から再び連絡があったのは、一週間後でした。仕事場で私は彼からのメールを確認しました。
「私と彼女の記念の品をご自宅にお送りしておきました。宅配便で今日の16時から18時に着きますから、間違いなく受け取ってください。奥さんは今晩遅くなるので問題ないはずですが、不在だと再配達は明日になるかもしれませんよ。北村」
こちらの心中を見透かしたように、次の策を講じてくる。なぜ彼が私のメールアドレスを知っているのか、どうして妻のスケジュールを把握しているのか。瑣末なことなど、もはやどうでもよくなっていました。見えない力に操られるように、私は夕方からの打合せをキャンセルして自宅へ急いだのです。
16時まで、あと何分。電車の中で時計の針を睨みながら、いま自分を突き動かしているのが妻を守ろうとする愛情なのか、それとも記念の品とやらに記録されているであろう決定的な証拠--恐らくは妻の痴態--を見届けたいという邪心なのか、わからなくなっていました。
届いたのは、何のレーベルも貼られていないDVDでした。内容は大体予想がつきます。見てしまえば、いよいよ後戻りができなくなるのだと自覚しながらも、私は迷うことなくPCのドライバにディスクを挿入しました。
タイトルも何もなく、映し出されたのはマンションの一室のようでした。カーペット、壁紙、カーテンまで紺色で統一された室内の中央に、やはり濃紺のカバーをかけられたダブルベッドが横向きに置かれています。そこに、一人の男が腰掛けていました。臙脂色のポロシャツにチノパン姿の男は、画面右のほうを見て、口元に笑みを浮かべているようです。
(これが、北村なのか?)
余裕にあふれた電話の声から、私はがっしりした体格の偉丈夫をイメージしていました。しかし、映っている男は細い体躯の優男風です。顔つきも特徴のない腺病質な雰囲気でした。そのとき、画面右にあるドアが開き、誰かが入ってきました。
(……ああ……)
絶望の瞬間。紛れもなく妻です。淡いグリーンのスーツは、私がプレゼントしたお気に入りの一着でした。このところ、身につけて出かける彼女を何度か見送った記憶があります。
「遅かったな」
外見に似合わぬ威圧的な口調で、画面の男が告げました。
「……ごめんなさい」
聞き違えようのない涼やかな声で告げると、妻はスーツ姿のまま男の前に跪きました。かいがいしくベルトを緩め始めます。
(……やめてくれ!)
心の叫びとは裏腹に、私の目は魅入られたように液晶ディスプレイに釘付けです。ついに男の股間がむき出しにされました。
北村の逸物は、普通のサイズのように見えました。少なくとも、息を呑む巨根ではないようです。そのことに心のどこかで安堵する半面、
(それならば、なぜ?)
激しい焦燥感を覚える自分がいました。
その間も、映像は進行しています。妻の顔が彼女の意思でそこへ近づき、やがて私の愛してやまない艶やかなセミロングの髪が、男の膝のあたりを覆いました。
ズームアップもアングルの切り替えもないため、その部分の詳細は確認できません。しかし、定点撮影された映像が、かえって生々しさを伝えてきます。全身に冷たい汗をかきながら、私はいつしか自分のモノをしごいていました。
(もうおまえは、身も心も北村のものになってしまったのか?)
映像は、隠しカメラのように不自然なアングルではなく、ベッドの横に置かれているとしか思えません。タレントをめざす妻が承知の上で撮影させたのだとしたら、そこには相当の信頼か、徹底した服従があるはずです。いずれにしても、単なる愛人の域を超えた関係になっているのは確実でしょう。その思いが私を打ちのめし、一方で興奮させていました。
映像は、さらに20分間ほど続いていました。妻に奉仕させながら彼女の頭を撫でていた北村の身体が硬直し、口の中へ放出したようです。ペニスを含んだまま、しばらくじっとしていた妻が立ち上がり、スカートのホックに手をかけたところで、突然、終わっているのです。当然、性交シーンへ続くとばかり思っていた私は、呆然としてしまいました。
しばらくして帰宅した妻に、私はやはり何も言えませんでした。それよりも、自分でも意外だったのは、彼女に情欲を感じなかったことです。目の前に横たわる豊かな肢体よりも、私の脳裏にはスーツ姿のまま頭を上下させて北村に奉仕していた妻の映像が、鮮烈に焼きついていました。
とうとう我慢できなくなった私は、妻が眠りに落ちているのを確認するとベッドを抜け出し、もう一度DVDを観ながら自慰をしました。胴震いと共に大量の精を吐き出しながら、私は強く思いました。
(続きが観たい!)と。
北村から電話があったのは、それからまた1週間後のことでした。
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