川越男 10/19(日) 13:43:09 No.20081019134309 削除
非常階段に出た私はタバコを吸うでもなく、ただ痴呆者のごとく呆けていた。
分かっていた事とは言え、想像を絶する破壊力に、ただただ何もかもを投げ出したい気分にさえなっていた。
ベランダに服を干している妻の写真。あれを見た時、体の力が一気に抜けた。あの姿は…頭にタオルを巻くあの姿は、風呂上がりにいつも妻がしている格好だ。
確かに、ハッキリと体の関係を示す証拠にはならないかもしれない。しかし、それを言えるのは、妻をずっと見て来た私以外の人間だろう。
あんな短時間で風呂に入らなければならない理由を考えれば自ずと答えは出る。
家に入った妻に英夫が口づけで迎える。靴も脱ぎきらない妻は、それでも英夫に身を任せ舌と舌を情熱的に交わらせる。その内、キスに弱い妻は欲情した目で英夫を見上げ、こう言う筈だ、『他の所にもキスして』と。夫婦の寝室で私に言ったあの口で…
「クソっ!」
今まで絶望の淵に居た私は、2人のやり取りを想像した事で覚醒した。怒り…憎悪…そして、殺意。それらの感情が、全てを投げ出し、廃人になりかけた私を蘇らせたのです。
(まだだ…まだ、足りない…あいつらを地獄の底に落とすには、まだ情報が足りない)
「すみません、時間を取らせてしまって」
出て行った時に見た抜け殻の私ではなく、声に張りがあり、生気を漲らせた目で自分達の前に現れた依頼主に、調査員の2人は一瞬、別人ではないかと顔を見合わせた。それは、半分正解で半分不正解。
「いえ…どうやら気分転換になった様で安心しました」
神田は、力無く出て行った私を見た時、今日の報告は止めて後日、日を改めてしようと思っていたそうだ。パートナーの裏切りを目の当たりにした人間は、自棄になって犯罪を犯す事が多々あるそうで、さっきの私が良い例だったらしく、あの状態が一番そう成りやすいらしい。さすがに鋭い観察力だと思います。
確かにあの時、私の脳裏には『あの2人を殺して私も…』と言うのが一瞬よぎりました。しかし、そんな私を正気に戻したのは、たった1人の私の宝物。隆でした。(妻を殺して私も死ねば、隆は1人ぼっちになってしまう…いや、私だけ生きてたとしても、隆が犯罪者の息子になってしまうじゃないか!あの子に、そんな十字架を背負わす訳にはいかない!親のゴタゴタで、幼いあの子を苦しませては)
その事が、私を犯罪者の道から連れ戻してくれたのです。それに、あの2人には生き地獄を味あわせる方が一番です。
私の思惑を勘違いしている神田に先程の続きをお願いし、それに頷いた彼は調査報告を再開しました。
「では、次は水曜日の調査報告です…」
神田の報告内容は、月曜日と変わりはなく、違う事があるとすれば、その日、英夫の家に入った妻が帰るまで表に姿を見せなかった事くらいでした。
「ん?」
ある違和感に気付いた私は、手元にある報告書に手を伸ばし、これまで2日間の調査結果の記述を読み直し、ある重大な事に気付きました。
「気付かれましたか?」
「はい…どう言う事ですか?」
「そうですね…先程の報告でも分かる通り、奥様が沢木英夫の自宅に行ったのは間違いありません。我々も、初日は奥様の尾行に専念した為、沢木本人は家に居るものと思い、沢木には尾行をつけていませんでした。しかし、」
そう言うと、神田はもう一枚の紙を取り出しました。
「奥様が帰られた後、樋口達2人には引き続き奥様の尾行についてもらい、残りの私らは沢木が家から出て来るのを待っていました。しかし、沢木は1時間経ってもなかなか出て来なかったんです。報告書にも書いてある通り、沢木は(すみません。この部分が前回抜けていました)1人で小さな自動車販売店を経営しています。従業員を雇っていない沢木が、午前中の早い時間からこんなに長く会社を空けるのは考えられません。もしかして、今日はこのまま出社しないのかと思っていた時です、沢木の家の前にシルバーのBMWが止まりました。えー、時間が15時49分です。その時の写真がこちらです」
神田に見せられた写真には、営業マン風の中年男性が車から降りている所でした。歳は、私と同じ位かやや年上ぐらいでしょうか?白髪交じりの短髪にメガネをかけていました。
「この男性は?」
「………」
「????」
「その男性は…家に入ると、2 3分で出て来ました…恐らく、忘れ物でも取りに来たんでしょう」
「忘れ物って…???すみません、もっとハッキリ言って下さい!」
「初めに言った通り、この家には沢木と息子の2人しか住んでいません」
「それはさっき聞きました!そうじゃなくて私が聞きたいのは……」
「沢木です!、沢木英夫本人です」
「へっ?」
「前調査で、写真を撮って何回もミーティングで見たので間違いありません」
「な、何を言ってるんだ?彼が沢木英夫の筈がないだろう。だって、だって言ってたじゃないか!あなた方は沢木が出て来るのを待ってたって」
「その通りです」
「おい、あんた!私をからかっているのか?なら説明してくれ!車の男が沢木なら、妻の…妻の相手は誰だって言うんだ!」
「フン!どうだ?、居るわけ無いだろう」
「居ますよ1人だけ」
「ハア?」
「居るじゃないですか、この家にはもう1人」
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