川越男 11/17(月) 02:25:19 No.20081117022519 削除
明るくなった部屋とは対照的に、妻の顔は驚愕のせいか一層青白くなっていて、言葉も出ないのかパクパクとせわしなく口が動いていました。
「おいおい、そんなに驚く事はないだろう?お前が雇ったんじゃないか」
私は歪んだ笑顔になりながらからかう様に言います。
「は、はい!そうです」
「だよなー。いやいや、そこを素直に認めてくれるとこっちも助かるよ」
妻はすでに半泣き状態で、肩とは言わず全身に震えが移った模様。ブルブル震えながら視線が落ち着きません。
(さてと…少し痛ぶってやろうかな)
今や私の心中は、サディスティックな感情で支配されていました。妻の焦った顔や困った顔、泣きそうな顔を見ると心に澱んだ黒い物が昇華していく気分なのです。
ここ1ヶ月ちょいの仕打ちや、今日興信所で見せられた裏切りの数々で、私が受けた破壊的なまでの衝撃や傷に比べれば、半殺し…いや、全殺しでも足りないくらいです。ですが、そこはぐっと我慢します。
「い、いつから…」
やっとの思いで捻り出したその言葉は、私の声でかき消されます。
「木村淳子さん。彼女は優秀だ。さすがだな果歩。人を見る目があるの強みだからな。クク、お前は経営者の能力も高そうだ」
「いえ…私は…そんな…」
「だが―」
「………」
「何で雇ったんだ?」
「そ、それは…」
「しかも俺に無断で」
「あ、あの…え、えっと…その…」
「月・水・金曜日の空いた時間、お前はどこで何をしていた?」
「…………」
もう今の妻の姿には、普段の毅然とした態度が微塵もありませんでした。俯き、膝で重ねた手を見ながら握ったり開いたりを繰り返して落ち着きがありません。恐らく打開策を考えているのでしょう。時々探るような目で私をちらちら見ます。私がどこまで知ってるか、私の顔から探り出そうとしているのです。
「ん?どうした?俺の顔なんて見なくていいから答えてくれよ」
すると、妻は意を決したのか、顔を上げると私を見つめ、静かに喋り出しました。気付けば震えも止まっています。
「あなたの言う通りです。淳子さ…木村さんを雇いました」
「うん…で、何で?」
「会社を立ち上げて5年…私は一生懸命がむしゃらにやってきました。隆の育児になれない会社の仕事…本当に目が回るような日々だった…」
「…そうだ…な…」
これを言われると私も辛いです。果歩の言う通り、私自身彼女にはその事で感謝しても仕切れないほどの苦労や心労をかけました。
乳飲み子の隆をおぶったまま出勤して、なれない仕事をこなし家に帰る。家に帰っても家事や隆の面倒を見なければならない。相当のストレスだったと思います。しかし彼女は、そんな事おくびにも出さず、愚痴一つ吐く事もありませんでした。
私も、建ち上げた当時は会社を軌道に乗せるべく中々家に帰る事は出来ず県外を飛び回っていました。たまに帰っても自分の事しか考えず妻を労う余裕すらありませんでした。
その時の負い目からか、ようやく順調に回り出すと取り返すように妻を敬い、家事・育児を手伝いました。妻はいつも『あなたも疲れてるんだから家でぐらいは気を休めてゆっくりして下さい』と言ってくれました。自分だって大変なのに、私を気遣うのです。私はそんな彼女を嫁にもらった幸運に毎日感謝しました。
私は…妻の浮気がその当時なら、無条件で許したでしょう。
悲しみや怒りは当然あったでしょうが、それを上回る負い目が私にはあったからです。
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