川越男 11/29(土) 14:56:01 No.20081129145601 削除
妻の表情は、何とも形容しがたいものでした。【驚愕】、【恐怖】、【後悔】、【悲哀】、これらすべてが合わさったかの様で、時間が止まってしまったかのように告げられた時のままでピクリともしません。
まあ、今の私に妻の状態なんか全く興味の湧かない事。無視して淡々と話します。
「良かったな。これからは思う存分『あっちゃん』と乳繰り合えるぞ。なんてったて、煩わしっかった旦那と子供がいなくなるんだからな」
妻の目尻からは涙が零れ出しました。
さっきまでの死人の顔ではなく、どちらかと言えば無表情。しかし、妻は漸く気付いたのでしょう。もはや言い訳の出来るレベルの話ではない事が。【あっちゃん】の名が私の口から出た事で、頭の良い彼女は全てを悟ったのでしょう…『バレた』と。
今までの様に反論もせず、両手を床につき啜り泣く妻を見下ろし、私は引導を渡すべく追い討ちをかけます。
「取り敢えずお前には今日中にこの家から消えてもらう。英夫とあっちゃんの所でもどこでも実家でも好きな所に行けばいい。まあ、今の時間からだと実家は無理だろうから―」
私はテーブルの上に置いていたカバンから封筒を取り出し、それを妻の膝下に投げました。
「先月と今月分の給料で五十万ある。それだけあれば自分の行く末ぐらい決められるだろ?」
妻は投げつけられた封筒を握り締め、床に突っ伏したかと思うと先程までの啜り泣きではなく幼子の様に大声で号泣し出しました。
「ヒック…ごめんな… ヒック…さ…ヒッ…い…」
「これから離婚の話し合いもしなければならんから携帯だけは繋がるようにな」
「…ヒック…イヤ……デテ…イキタ…ウッ…ナイ……」
「それとお前の荷物だが…どうする?実家に送るか?それとも英夫等の家が良いか?」
今まで突っ伏して泣き叫んでいた妻が、突然起き上がり必死の形相で私の足に縋りつきました。
「違うの!!違うです!!か、彼とはそんな関係じゃないの!!」
「そんな関係じゃないのだぁ?じゃあどんな関係だよ?」
「そ、それは…その…」
「何だ!どうして即答できない!フンッ!なら俺が教えてやる、それはお前とあのガキが-」
『男と女の関係だからだ!!』と言おうとした私の声は妻の「違うんです!!」の声に遮られました。
「あなた…お願いです聞いて下さい…」
「……………」
私が黙ってるのを肯定と妻は取りました。
「あの子は…敦也君は、、、私の被害者なんです……」
そう切り出した妻の目には、いつ止まったのか既に涙はありませんでした。
「被害者?それはお前と英夫の事か?」
「はい…」
「じゃあやっぱり英夫と―」
「いいえ、英夫さんとは本当になんでもないんです」
「………全く意味が解らない……それが事実なら別に彼は被害者なんかじゃないじないか?」
「確かに…確かに、あなたの言う通り本来なら私がそこまで気に病む必要はないかも知れません。でも…理由はどうあれ私のワガママであの子は母親を無くしてしまったんです」
その時の私の脳裏には、昼間木村さんから聞いた沢木夫妻の離婚の理由が過ぎりましたが今更どうでもいい事だと無視しました…こんな大事なキーワードを…
「で、罪滅ぼしにと母親役をかって出たお前がどうして体の関係まで持つんだ?普通母親はそんな事しねぇぞ?」
「…………」
俯きながら淡々と話していた妻が私に顔を向け、何やら改めて確信したのか姿勢を正し真っ直ぐ私を見つめました。その顔には妙な決意が感じられます。
「そこまで知られていたんですね……あなた、どうしてそれを?」
私は、カバンの下敷きにしていたA4サイズの紙の束を妻に差し出します。妻は黙って受け取り、何枚かめくって見た後、納得したのか私に返しました。
「全部…知っていらしたのね…」
「…………」
私はそれには答えません。
「なら…それが全てです」
―バチーン!―
瞬間的に手が出てました。
「ざけんなコラ!もういい、出てけ!」
妻の髪を鷲掴み引きずり回して玄関口へ。
「嫌!い、痛い!」
そのままドアを開け外へ投げ出します。直ぐにドアを閉め鍵を掛けます。リビングにある妻のバックを取りに戻ると床にはさっき投げつけた封筒がありました。それをバックの中にいれ、その中から鍵束だけ抜いて再び玄関へ戻ります。
チェーンロックを掛け鍵を開けると、少し開いた隙間に啜り泣く妻が見えました。
「お前と言う人間に妻や母親の資格はない!失せろ!」
カバンと靴を投げつけてドアを閉めました。
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