BJ 7/24(火) 16:38:38 No.20070724163838 削除
「あなた・・・重い」
妻にのしかかったまま呆然となっていた私は、身体の下から聞こえてきた細い声でようやく理性を取り戻しました。
慌てて妻から離れ、畳の上にぺたりと腰を下ろしました。
妻はまだ身体が動かないのか、仰向けに横たわったまま手だけを動かして浴衣の裾を直しましたが、それだけの動きをするのも辛そうでした。
ほとんど暴力まがいの交わりをしてしまったことに、私は自分自身でショックを受けていました。妻に何か言わなければいけない、と思いましたが、言うべき言葉を見つけられないでいるうちに、さらに数刻が過ぎました。
窓の外はすでに暗闇が支配する夜の世界になっています。
不意に、妻がゆっくりと身を起こしました。気まずそうに目を逸らしたまま起き上がった彼女の乱れ髪を見て、私もまた思わず目を逸らしてしまいました。
「瑞希・・・わるかった」
「いえ・・・・」
ようやく言った私の声に、妻は浴衣の前を押さえながら短く答えました。そして立ち上がり、「ちょっとシャワーを浴びてきますね」と小さく告げて、そろそろとした足取りで備え付けのバスルームに消えていきました。
私は深く息を吐き、窓の外に広がる闇をぼんやりと眺めました。
しばらくして、妻が戻ってきました。シャワーを浴びたその顔色は、先ほどまでの蒼褪めたものに比べ、ずいぶんと血色が戻っています。
「もうお食事の時間になりますけど・・・あなたもシャワーを使いますか?」
「うん・・そうだね」
緊張しているような声色の妻に答え、のっそりと私は立ち上がりました。
宿の食事処で夕食を取る間もずっと、私と妻の間にはぎこちない空気が流れていました。
本来なら楽しいはずの旅行を台無しにしてしまったこともそうですが、無理をして何もなかったように取り繕っている妻の姿が、私の胸を痛ませずにおきませんでした。
食事を終え、席を立って部屋へ戻る途中、玄関に赤嶺が戻ってきたのが見えました。
「ちょっと用事を思い出した。瑞希は先に行っててくれ」
妻にそう言うと、彼女は何か言いたげにちらりと私を見ましたが、結局「分かりました」とだけ答えて立ち去りました。
私はため息をついて、赤嶺のもとへ歩み寄りました。
夕食は外でとってきたという赤嶺に誘われ、私は彼の部屋へと足を運びました。
「まったく、どうしたんだ。そんなしみったれた顔をして」
部屋に入るなりそう言って、赤嶺は窓際の椅子にどっかりと腰を下ろし、行儀悪く足を組みました。
「お前のせいだよ、全部」
貰った煙草に火を点けながら、私は子供のように悪態をつきました。
「意味が分からんね。奥さんと喧嘩でもしたのか」
単なる喧嘩なら、もっとずっとよかっただろうに―――私は心中でそんなふうに思います。
「お前はどうしてここに来たんだよ?」
赤嶺の問いには答えず、私は若干の怒りをこめて先ほど抱いた疑問を彼にぶつけました。
「何言ってやがる。もとは俺の紹介した宿じゃねえか。―――それはともかく、理由はさっき説明しただろ。予定していた仕事が相手先の都合で延期されたからってやつ」
「とても信じられんね」
私の感想を赤嶺はふんと鼻で哂い、それ以上否定も肯定もしませんでした。
「それはそれとしてお前こそ、俺に何の用なんだ? 何か話したいことがあって来たんじゃないのか?」
私は先ほどあったことを赤嶺に語るべきか一瞬迷いましたが、決心がつかないまま、無言で煙草を吹かしました。語るも何も、自分自身ですら、わずか数刻前の出来事をまだ整理できずにいたのです。
あの嵐のような昂りを―――
赤嶺もまた何も語らず、手元のジッポをかちゃかちゃと弄びながら、悄然とした私の様子を観察するような目で見つめていました。
「なぁ」しばらくして、私はそんな赤嶺に言葉を投げました。「お前に聞きたいことがある」
赤嶺はケースから取り出したピースを咥えつつ、続けろと言うように顎をしゃくりました。
「お前は―――瑞希のことをどう思っているんだ」
「前と変わってないよ。はっきり言って好みのタイプだね。さっき久々に見て、改めてそう思ったな」
紫煙を吐きながら、赤嶺は目を細め、私を正面に見据えました。
その唇が、歪んだ笑みを刻みました。
「それに―――抱き心地も良かったしな。あのときに出す声も良かった」
あからさまに私をからかい、挑発する口ぶりで。
「奥さん、今でもあんなふうに啼くのか? ―――よぉ、どうなんだ。お前とするときにも、奥さんはあんなに乱れるのか? 聞きたいね」
赤嶺はそんなことを言い、冷ややかな目で私を見つめました。
「もしそうだとしたら、お前も大変だね。普段はつんと澄ましていても身体の反応は娼婦顔負け、って女は実際いるもんだけど、奥さんもその類じゃないのか。よく言えば感受性豊か、わるく言えば淫乱ってとこだな」
淫乱―――
「まぁ、俺はそういう女のほうが好きだけどな。人間、口では何とでも言えるけど、身体のほうは正直なものだからな。あの奥さんみたいに最初は抗えるだけ抗うけど、最後は結局、快楽に負けてぐずぐずに乱れてしまうってのも風情があっていいもんだ」
まったく羨ましいよ、お前が―――
最後に一言そう結んで、赤嶺は再び煙草を咥えました。その視線は逸らされることなく私をとらえ、きらきらとよく光る目は私を嘲弄しています。
その目を、私はしばらく無言で睨み返しました。
やがて、言いました。
「その手は―――食わない」
赤嶺は煙草を吸いながら、眉だけ動かして私の言葉に反応しました。
「お前は昔から傍若無人に振る舞ってみせては、その裏で冷静に目の前の人間の反応を見ているタイプだった。そんなときこそ、ひとの本音ってやつが出るからな。その本音を聞きだして、お前は利用するんだ」
赤嶺はふっと笑いました。
「昔からの友達に対して、ずいぶんとひどいことを言うんだな」
「お前が言うな」
「ふん。だいたい、これだけ付き合いが長いんだ。お前の本音なんて聞きだすまでもない」
煙草を揉み消した赤嶺は、まるで舞台役者のように両手を広げて見せながら、ゆっくりと立ち上がりました。
「今さらどう取り繕っても無駄なことさ。一度起きたことは変えられないし、最初に望んだのは、そして誰よりも望んでいるのはお前なんだ」
「だから―――何が言いたいんだ」
苛苛した口調で叫んだ私を、赤嶺は立ったまま壁に寄りかかり、冷ややかな目で見つめました。
「お前自身が一番よく分かっていることを俺に言わせるなよ」
「じゃあ、質問を変える。お前は何がしたいんだ? 本音で答えろ」
「―――俺がしたいこと、か。そりゃ決まってるだろ」
赤嶺はあっさりと言いました。
「奥さんを抱きたい。もう一度」
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