BJ 8/2(木) 03:25:12 No.20070802032512 削除
窓際に立って、私は外を眺めました。
夕刻から振り出した雨は、夜になった今もいっこうにその勢いを弱めず、窓の向こうに見える暗い海に、斜めに降りそそいでいました。いつの間にか風も出てきたようで、朝、眺めたときと比べて波も高くなっています。
「さっきまであんなに綺麗だったのにな」
無意識に呟いた私の声に、背後の妻が振り返ったのが分かりました。
「何でもない。外の話だよ」
言いながら私は動いて、妻の横の畳に座りました。妻はリモコンを取り上げ、テレビを切りました。
「切らなくてもいいのに」
黙ったまま、妻は首を振りました。その視線は私ではなく、卓の上を向いたままです。
ぴっと伸ばしたままの妻の小さな背が、そのときの私の目には張りつめた弓のように見えました。
私は腕を伸ばして、妻の肩を抱き寄せました。肩に手が触れた瞬間、妻がほうっとため息をついたのが聞こえました。
互いの鼓動が聞こえる距離で、しばし私たちは無言で触れ合いました。
「何だか怖いみたい」
ぽつり、と妻が言いました。
「何のこと?」
「・・・外の話」
妻は言い、私の浴衣の襟をぎゅっと掴みました。
その掌が震えていました。
「今日の瑞希はやっぱり変だ」
囁きながら、私はその妻の手に自分の手を重ねました。
「妙にはしゃいだり、怖がったり、大忙しじゃないか」
妻はじっとしたまま私の手の愛撫を受け、私の言葉には答えませんでした。
本当はもう、分かっていたのです。
昼間、妻がはしゃいでみせたのも、今こうして震えているのも、すべて同じ感情の動きから来ているのだということに。
それを分かりながら、分からないふりをして、表面上だけ優しい言葉を吐いてみせる自らの心の残酷さに慄然としながら、私は妻の小さな身体の温かみを胸に感じていました。
胸に感じる温かさと胸の奥の冷えきったものが、そのときの私の世界のすべてでした。
永遠に混じりあうことのない、その二つのものが―――
「もしも―――」
不意に、妻が口を開きました。
「もしも・・・?」
鸚鵡返しで聞き返しましたが、妻はそれきり黙ってしまいました。
もう一度、何を言おうとしたのか妻に聞こうとして、私が口を開きかけたとき―――
こん、こん、と。
ノックの音がしました。
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