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北原夏美 四十路 初裏無修正

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卒業 13

BJ 8/4(土) 23:12:42 No.20070804231242 削除

「いや、参った参った。あの後、海でもうひと泳ぎしてから、松並木の道を府中側まで歩いてみたのさ。昨日は途中で引き返したからな。でも向こうに着いたところで雨が降ってきて、こっち側に戻ってくる船も出なくなるし、散々だった」
 赤嶺は言いながら私たちの部屋に入ってきて、手に提げていたスーパーの袋をどさっと卓の上に置きました。
「今晩は、奥さん」
「今晩は」
 赤嶺が入ってきた瞬間から、妻は先ほどまでの何かに怯えた表情を消していました。いつものように落ち着いた物腰で、赤嶺に会釈しました。
 私は胸の動悸を感じながら、そんな二人を見ていました。

「しかし、あの天橋立ってのは、本当に不思議な地形だよな。自分の目で見て改めて思ったけどね」
 何本目かの缶ビールをぷしゅっと音を立てて開けながら、赤嶺は言いました。
「津波なんか来たら一発で押し流されてしまいそうに思えるけど、もう何千年もあの海に浮かんでるんだとさ。さっき雨宿りしてたとき、気まぐれに読んだパンフレットに書いてあった」
「そんなに前からあるのか」
 赤嶺の持ってきた小型の蟹を揚げたものをつまみながら、私はいいかげんな相槌を打ちました。妻はといえば、私たちに付き合って最初少し酒を口にした後は、静かに座ったまま、私と赤嶺の益体もない話に耳を傾けていました。
「なんせ、古事記にも出てるらしいからな。あのイザナギ・イザナミが出てくる国つくりの最初のくだりで、二人が立っているのが天の浮橋、つまり現在の天橋立という説があるそうだ」
「後付けくさいな。まあ、あの砂洲が何千年も前からあったのなら、古事記に出てきても不思議じゃないんだろうけど。ところで、イザナギ・イザナミって何だっけ?」
「聞いたことはあるだろ。日本神話で最初の神様のカップルだよ。その二人の神様が交わって、日本の国を文字通り生み出していくのさ」
「ああ、あの、柱の周囲を回って声を掛け合うやつか」
「そう。最初は女神のイザナミが、次に男神のイザナギが誘って、二人は結ばれる。そもそもイザナギ・イザナミのイザナは『誘う』という意味の『いざなう』が語源らしいね」
「子供の頃にセックスのくだりだけをぼかした絵本かなんかでその場面を見たよ」
「ぼかす必要もないくらい、おおらかな神話だけどな。日本はもともと農耕民族の国だから、セックスに対する忌避感が低かったんだ。つまらない倫理観にとらわれてないだけ、今の人間よりずっと伸び伸びしたセックスをしてたんじゃないか」
 私は傍らで聞いている妻の耳が気になりました。
「伸び伸びしたセックスってなんだよ。もういい、話を変えようぜ。お前と話しているとすぐにそっちの方向に話が流れていく」
「俺ばっかりのせいにするな。お前だって学生時代はこの手の話ばっかりしてたじゃないか。第一、奥さんだって子供じゃないんだ。気にしないさ。それに―――」
 赤嶺は微笑しました。

「ここにいる三人は、もうそんな間柄じゃないだろ」

 その言葉に、視界の隅で妻の身体がわずかに揺れたのが見えました。私は私で言葉に詰まり、気の利いたことを何も口に出来ないまま、気まずい沈黙がうまれました。赤嶺一人が平気な顔で酒盃を啜り、煙草を吹かしていました。

 その後一時間ほど、さらに数本のビールを空にした後で、赤嶺は立ち上がり、「そろそろ自室に戻る」と言いました。
「どうもお邪魔してすみませんでした、奥さん」
「いえ、そんな・・・・」
 珍しく殊勝にそんなことを言う赤嶺に、妻は小さく言葉を返して自分も立ち上がりました。私も立ち上がって戸口まで歩き、赤嶺を見送りました。
「じゃあな」
 戸を閉める瞬間に赤嶺は言い、私を見て、片目を瞑ってみせました。
「おやすみ」
 私は静かに言葉を返しました。


 窓の外に目をやると、いつの間に雨は勢いを弱め、夜の闇の中、粛々と海へ降りそそいでいました。

 なんだか―――妙な心地でした。

 私が、そしておそらくは妻も予感していたような事態にはならず、今こうして何事もなく赤嶺が去り―――
 妻はどことなくほっとした表情で後片付けを始め、それを眺める私の胸にも、確かに安堵の色があるのに―――

 それなのに―――

「あら」

 突然、妻が声をあげました。
「どうした?」
「これ、赤嶺さんのものですよね」
 そう言って妻が掲げて見せたのは、たしかに見覚えのある赤嶺の携帯でした。
「忘れていかれたのかしら」

 そのようだね、と答えようとして―――
 しかし、私の頭は別のことを考えていました。

「わざと・・・忘れていったんじゃないかな」

 呟いた声に、妻が振り返りました。
「どういう意味ですか・・・?」
 かすれた、その声。
「それは―――」

 それは、つまり―――

 赤嶺の―――いざない。
 
 男から女への。
 いや、この場合はおそらく、彼から私へ向けて放たれた―――

 誘う―――言葉。

「瑞希」

 砂のように渇いた声が。
 ひとりでに言葉を紡いでいました。
「はい」
「届けてやってくれないか、それ。赤嶺の部屋に」

コメント

バカな旦那・・・

またまたあり得ない、リアリティに欠ける話しだなあ。なかなか、まともな話しでてこないね。

こんな旦那いないぜ

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