BJ 8/6(月) 18:41:31 No.20070806184131 削除
赤嶺に連れられて妻が戻ってきたのは、それから一時間も経った頃でした。
昨夜見た浴衣姿のままの妻は、赤嶺の後ろから伏目がちに、けれどもしっかりした足取りで部屋に入ってきました。すでに外の気温は相当高かっただろうに、妻はその首筋に汗ひとつかいていませんでした。
「どこに・・・行ってたんだ?」
なんと言葉をかけていいものか迷った私は、そんなどうでもいいことをまず口にしました。
「近くの公園だよ。ここらで早朝に時間をつぶせる場所なんて、あそこくらいしかないからな。すぐに見つけられたよ」
妻ではなく赤嶺が答えました。そして赤嶺は私を見、それから、ちらりと妻を見ました。
「お前の気持ちは奥さんに伝えておいた」
「――――――」
「奥さんも納得してくれたよ」
赤嶺がそう告げた瞬間―――
折れてしまいそうなほど細い頸がかすかに揺れ、うつむいた妻の額に髪が一筋はらりと落ちるのが見えました。
握りしめた私の掌に、じっとりと汗が滲みました。
「そういうことだから―――また今夜」
私たちの間に漂う危うい緊張感をものともせず、赤嶺は平然と言葉を続け―――
―――不意に。
左手を伸ばして、赤嶺は妻の顎をつかまえました。
驚いた妻は身を離そうとしましたが、そんな抵抗などないもののように赤嶺は動き、妻の唇に唇を重ねました。
刹那の仕業。
口づけされている間も、妻はしばらく赤嶺から逃れようと細腕で厚い胸板を押していましたが、やがてその腕は力を失い、だらりと垂れ下がりました。
たおやかな腰を赤嶺の太い腕ががっしりと抱え、ずり上がった浴衣の裾から白い脛が覗きました。
瞳に焼き付くような、その脛の生々しい白さ―――
まるで見てはいけないようなものを見てしまったような、そんな気分を起こさせるほどに。
それは強烈な―――
酩酊感。
赤嶺に口づけされている間ずっと、地面から離れた妻の踵は引き攣れるような動きを繰り返していました。
哀しげにさえ見える、その動きの儚さ。
呆然と立ち尽くしたまま、私はすべてを見つめていました。
しばらくして、ようやく赤嶺は妻の顔から顔を離しました。
一瞬、眉間に皺を寄せて苦しそうな表情になった後―――
ふらり、と崩折れるように、妻はその場にしゃがみこみました。
「赤嶺・・・・」
「契約の手付けのようなものだよ」
むしろ冷静な口調で言って、赤嶺は身を翻しました。
「じゃあまた、今夜。部屋に鍵はかけないでおく」
異形の男はそれだけ告げて、私たちの部屋を去りました。
そして、私たちは取り残されました。
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